ナツノヒカリ 86
ふがっ。
オレは目を覚ました。
マットレスに大の字だった。
背中に当たる本の感触。
起き上がってみれば部屋の中はグチャグチャ。
本があっちこっちに散乱している。
あ~せっかく自分の部屋を断舎離したのに、またこんな……。
あふ~。
あくびをしながら立ち上がって窓の外をのぞけば、もしかしてもう午後?
オレはまたこの部屋での定位置のマットレスの上に戻り、壁に寄っかかりあくびをした。
あれから……最高な夢を見て起きた後、眠れなくなってしまった。
夢があまりに強力で幸せすぎた。
思い出す度にボーっとした。
オレは両親と一緒に住みたいと思っていたのかな、とか。
やっぱり認められたいと思っていたのかな、とか。
やっぱ寝たいんだな、とか。
乙女かオレは、とか。
とかとかとかとか。
スーツ姿の灰谷はカッコよかったな、とか。
イチャイチャしてるのがたまらなかったな、とか。
とかとか……。
んな事グダグダ思いながら、本をめくってはウダウダウダウダ。
もうグダグダのウダウダ。
あ~何してんだろう。
ダメダメじゃねえオレ。
三日?今日入れて四日か、暮らしてみたけど、城島さんはこの空っぽの部屋で一体どんな風に過ごしていたのかな。
スゴイ精神力だな、と思う。
友達とも家族とも知り合いとも連絡をとらず。
冷蔵庫もない。
部屋にあるのは音の無いテレビ画面と想い出の写真一枚。
一人の人をそんな風に何もかも捨てて想えるものかと。
祈りに近い気がした。
まるで求道者。
愛の求道者。
でも、あれが城島さんなりの人の愛し方なのかもしれない。
人が人を想う。
オレはどんな風に灰谷を想えるのか。
これから想い続けて行けるのか。
ん~。
愛し方……。
愛……。
いや、愛ってなんてこう、恥ずかしい言葉だろうね。
いやいや。恥ずかしいわ、愛なんて。
じゃあラブ?
ラブは?
ん~ラブも恥ずかしいな~。
ラブはポップだな。
重みがねえな。
じゃあ何?
あ、韓国語だと確かサランだったはず。
サラン。
サラン。
あ~響き的には一番それっぽい。
ふわんって丸いツルツルして良い香りがするあったかい想いのカタマリな感じだ。
まあでもその国の人にしてみればポップでキャッチーなのかも知れないな。
歌やらCMやらでよく使われるだろうから。
これ他の国だとなんて言うんだろう。
あ~調べてえ~。
ってスマホ電源切ってるし~。
愛か……。
愛とか、愛するとか、よくわからないけど灰谷を好きだと言うこの気持ち。
好きだ、でしか表せないこの気持ち。
それは確かにオレの中にある……。
果たして真島信は、好きだ、を伝えることができるのだろうか。
アハハハハ。
ウケる~。
いやウケねえけど。
グゥ~。
腹が鳴った。
またか。
この部屋に来てから、食べても食べても腹が減る。
多分、まともなもの食べてないせい。
栄養が足りないのかもな。
クーラーボックスを開けると氷はあらかた溶けていた。
入っていた水のペットボトルはまだいくらか冷えている。
一気に飲み干す。
……コンビニ行くか。
まあどっかに食べに行ってもいいんだけど、知り合いに見つかると恥ずかしいからな。
旅に出るっていって、自宅からそう離れていない所でウロウロしてました、なんてね。
それこそ母ちゃんにでも見つかったら、そのまま家に引っ張って行かれて強制連行。
でも旅って距離じゃないとは思うけどさ。
大事なのは心の旅だぜ。
はい。良いこと言った。
テストに出る所。
……一人遊びもそろそろ飽きてきたみたいだ。
コンビニまでブラブラ歩こうと思ったけど。
オレ、チャリ乗ってきたじゃん。
自転車でコンビニに向かう。
もしかしたらもう夕方近いのかも?
もう睡眠時間がガタガタだし、あの部屋には時計がないしで、よくわかんない。
城島さんの部屋に冷蔵庫がないのはお酒を飲み過ぎてしまうからかも知れないな、とふと思う。
まるで水みたいにビールやチューハイを飲んでいたっけ。
本人は酔ったって言ってたけど全然そんな風に見えなかったし。
際限なく飲めちゃうから、だからその都度、面倒でも買いに行ってたんだろうな。
城島さんの癒やしはお酒とタバコ。
そして本当にオレ、だったのかも。
オレが離れていても城島さんを思うように、城島さんもオレの事を思い出して、あの孤独な生活のある部分を埋めていたのかも。
だと、良いんだけど。
だったら、良かったんだけど。
夏の夜。
セミがミンミン鳴いて、蒸し暑い。
家々には灯りが灯っている。
ただいまって帰れる場所か……。
そんな事考えたこともなかったな。
あ、カレーの匂い。
このうちは今日カレーかあ。
学校終わって、バイト終わって、家に帰る。
母ちゃんが「おかえり」って言って。
あったかいご飯ができている。
メシ一つ取ってみてもすべて当たり前の事だった。
つまんねなと思えば電話して、サトナカマジハイとつるんで。
あんま淋しいなんて感じた事なかった。
灰谷との事は別だけど。
あの会えない淋しさは、気持ちがすれ違う淋しさはもう、ホントしんどかったけど。
店の前に自転車を止めて、コンビニの中ぐるぐる。
板氷は……もう、いいか。
アイスもお菓子も食べすぎなんだよな。
あ~なんかマトモなもん食いてえ~。
オムライスとかオムライスとかオムライスとか?
あ、あった。
けど……。
ふわとろでデミグラか。
薄焼き卵にケチャップだよな、オムライスは。
黄色に赤。
あ~母ちゃんのオムライス食べて~。
なんだかな~。
サンドイッチとアメリカンドックでいいか。
あと水。
このループ飽きたな。
はあ~。
つうかもう家帰ろうぜオレ。
このまま走って行けばすぐ帰れるんだし。
そうなんだけど……。
う~ん。
オレは会計を済ませると自転車にまたがり、家ではなく、また城島さんの部屋に向かった。
*
ファミレス近くのコンビニのコピー機が塞がっていたので、佐藤は真島の家に近いコンビニまで足を伸ばした。
確かあっちに公園あったよなと視線を走らせると黒い自転車に乗った真島によく似た後ろ姿がチラリと目に入った。
真島?
確かめようとしたら自転車はすぐに角を曲がって見えなくなってしまった。
真島?……じゃねえか?
一瞬でよくわからなかったけど。
見間違いか。
こんな近所にいるわけねえよな。
それに真島の自転車は確か緑だったはず。
探す時見つけやすいとか言ってちょっと蛍光っぽいバッタみたいなやつ。
ん~オレも中田みたいに真島ラブ♡になって来てるのかもしれない。
気をつけよう。
佐藤はコンビニに入って行った。
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