ナツノヒカリ 66
「おーい、どうよ。ときめきの断捨離は?」
ん?下で玄関のチャイムが鳴ったと思ったら灰谷が顔を出した。
「ときめきを断捨離したらダメだろ。ってあれ?灰谷どした?さっき帰ったばっかだろ」
「いやあ、さっきじゃねえよ。結構経ってるって」
「そっか?どした?」
「いやあ~家帰って、ちょっと外出て、気がついたらオマエんちの前にまた立ってたわ」
「なんだそれ」
「つうか、全然片付いてねえな。オレ帰る前とほぼいっしょじゃん。よっ」
灰谷はベッドの空きスペースに飛んだ。
「そんなことねえよ。あっちが捨てるサイドでこっちが残すサイドだろ。明日ゴミ捨てれば結構スッキリするはず」
「へえ~。つうか今、マンガ読んでたじゃん」
「いや、ワンピ、ドレスローザ編おもしれえなと思ってさ。読み始めたら止まんなくなっちゃって」
「そんなことしてりゃあ終わんねえわ。ドレスローザ?オレはマリンフォードの方がいいかな」
ん?こいつ…。
「灰谷」
「あ?」
「なんかあった?」
「え?」
「あったろ」
「ねえよ」
オレは灰谷の顔を見つめた。
「ねえって!」
「そっか」
オレにまでポーカーフェイスって……相当だな。
「灰谷、コンビニ行かね?」
「え?」
「なんか飽きてきたし。気分転換」
オレは大きく伸びをして首をグルグル回した。
「いいけど」
「なんか一個買ってやるから」
「子供か!」
*
二人でコンビニに向かう。
「コンビニで一番高いのって何かな?あ、アマゾンの商品券か?」
「何買おうとしてんの?」
「いや、一個っていうから」
「じゃあ三百円以下な」
「ズルイわ~」
「お?灰谷、こっちだぞ」
「いや、ちょっとブラブラしようぜ。それにそっちじゃなくて、こっちのコンビニ行きたいオレ」
そこは城島さんと初めて会ったコンビニだった。
顔を合わせるのはちょっと……。
「そっち結構歩くじゃん」
「あっちのアメリカンドッグ食いたい」
「こっちにも売ってるだろ」
「いや、アメリカンドッグはあっちだろ」
「ん~」
大丈夫かな。万に一つも会ったりしねえかな。
灰谷とブラブラ歩く夏の宵。
こういうのも久しぶりか。
コンビニに城島さんはいなかった。ホッ。
ガサガサお菓子やジュースやアイスやらを買いこむ。
「お~い、どこ行くんだよ」
店を出ると灰谷は家とは反対の方向に歩き出した。
「ちょっとブラブラしたい」
「アイス溶けるぞ」
「公園とかないのかな」
「アイス溶けるって。食べながら帰ろうぜ」
「あ、こっちに公園あるっぽい」
公園な。あるけど。まさしく城島さんと行ったコース。
そんでまさしく公園のベンチ。
でも城島さんの姿はなかった。良かった。
「へえ~こんなとこに公園あるの知らなかったわ」
「ん~」
ベンチに腰かけ、灰谷と二人並んでアイスを食べる。
城島さんは今もあの部屋にいるのかな。
ふう~。
「真島、オレさ」
「おう」
「明日美と別れた」
「え?」
オレはビックリした。
「え?え?なんで?」
「ん~まあ、なんて言うか。オレが愛想をつかされたというか」
「……オレのせい?」
「は?なんでオマエのせい?」
「明日美ちゃんと結衣ちゃん親友じゃん。オレが……」
「それ、昼も言ってたけど、カンケーねーよ」
「灰谷」
「あ~女ってホントめんどくせえ」
灰谷はオレを見てニッと笑った。
「今度は真島がオレにタカユキしてくれ」
「……おう」
「帰るか」
「おう」
灰谷が明日美ちゃんと別れた……。
「つうかオマエ、あの部屋に二人って寝れんの?」
「え?泊まるつもり?」
「うん」
灰谷が明日美ちゃんと別れた……。
「ムリだろ。帰れよ」
「いや、めんどくせえし」
「いやいや。二人はムリだろ」
灰谷が明日美ちゃんと別れた……。
「じゃあどうすんだよ」
「って灰谷、うち、そっちじゃないし」
「行きと違う道で帰ろうぜ」
「何それ。遠回りじゃん」
「のんびりブラブラして帰ろうって」
灰谷は住宅街をずんずん進んでいく。
「夏のニオイがするな」
「ああ。草のニオイ?」
「若いオスのニオイ?」
灰谷は振り返ってニヤリとする。
「汗臭いの間違いだろ」
灰谷は自分のカラダをくんくん嗅いで言った。
「あ、ほんとだ。汗臭え。シャワー浴びて~」
灰谷が明日美ちゃんと別れた……。
その言葉が頭の中でぐるぐる回る。
少しだけ前を歩く灰谷の背中を眺める。
若いオスのニオイ?
ああ。する。プンプンする。
無意識に誘ってるのか?まさかな。
心がぐらつき始めた。
キッパリとけじめをつけようとしていたのに。
もういいんじゃないかオレ。
今じゃないのか。
告白してフラれて、そこからまた始めればいいんじゃないのか。
あんだけ色んな人傷つけて自分だけ傷つかないようにってそれ、ダメなんじゃねえか?
灰谷。
灰谷。
灰谷。
オレ……。
「灰谷」
「あ?」
灰谷が振り返った。
「オレ……オレさ……」
その時、城島さんのアパートが目に入った。
「いや、なんでもない」
灰谷は首をひねると「変なヤツ」とつぶやいた。
アパートの前を通りすぎる時、オレはさりげなくポストに目を走らせる。
『城島』の表札がなくなっていた。
思わず足を止める。
二階の一番奥の部屋には明かりも点いていなかった。
城島さん、もういない?
そうか、出て行ったんだ。
公園のベンチで会ったあの人が迎えに来たのかな。
だといい。そうだといい。
そうだと思いたい。
城島さん。あなたの本当の名前も知らないけど。
どうか幸せに。
どこかで笑っていてくれますように。
「おい、真島。どうした?」
前を歩いていた灰谷が足を止めて聞いた。
「おう」
オレは走り寄る。
「どうした。なんかあった?」
「いや、なんでもない」
「あそこ、なんかあんの」
「いや、別に」
オレは暗闇で光を一筋、見た思いがした。
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