空々と漠々 くうくうとばくばく

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ナツノヒカリ 65

 

ブブー。ブブー。
 
スマホはさっきから震え続けていた。
LINEの未読数が増えて行く。
 
 
はあ~。
 
灰谷はため息をついた。
 
さすがの明日美も怒っている……。
 
まあ、怒るだろうな。
 
 
ここのところ、明日美とはほとんどまともに会っていなかった。
電話でもあまり話していない。
おはようおやすみLINEは、かろうじて返していたけれど。
のらりくらりと誘いをかわしていた。
 
本音を言えば、明日美と会う気がまるで起こらなかった。
 
結衣ちゃんの事に関して言えば今回は真島が悪い。圧倒的に悪い。
それは間違いなかった。
 
結衣ちゃんが自分を好きなことを知っていて、付き合って、傍目にもあんなにベタベタしていたのに、突然、別れを切り出した。
それは結衣ちゃんも納得出来ないだろう、そう思った。
 
その事で明日美が直接、真島を非難する言葉を発したわけでもなかった。
 
でも、感じるのだ。
自分の親友を傷つけた相手に対する怒りが。
言葉の端々に感じられるのだ。
 
その度に灰谷は理屈では割り切れないものを感じた。

元はといえば結衣ちゃんを紹介したオレにもその責任の一端はある。
あいつを追いこんだのはオレなのに。
そんな気持ちもある。
 
いろんんな感情が絡み合い、ただ単純に明日美と会うことが難しくなった。
 
ヒドイな、オレ。
 
後ろめたさを抱えていたせいか、昼間真島にもあんなに強い言い方をしてしまった。
でも謝る真島なんて見たくなかった。
真島にも言ったようにこれは自分と明日美の間の事だからだ。
 
 
ブブー。
 
また着信だ。
 
 
「もしもし……」
 
灰谷は観念して電話を取った。
 
 
*
 
 
よく使っていたファミレスで灰谷は明日美と向かい合っていた。
 
何日か会っていないだけなのに明日美は少し痩せたように見えた。
ただそれがまた一層、明日美の美しさを際立たせているようでもあった。
 
 
「灰谷くん、最近会ってくれないね」
「うん」
「どうして?」
「真島といっしょにいてやりたいんだ。いろいろあったから」
 
灰谷は正直に答えた。
 
「それはわかる。あたしも結衣についててあげたいから。でも、それとは別に灰谷くんともちゃんと会いたい」
「……」
 
灰谷は明日美の視線を避けるようにアイスコーヒーを飲んだ。
 
「灰谷くん、あたしと真島くんとどっちが大事?」
「何それ」
「前から聞きたかったの。もし真島くんとあたしが同時に溺れてたらどっちを助ける?」
「明日美」
「ホントに?」
 
パッと明日美の顔が輝いた。
 
「真島は泳ぎうまいから多分、溺れないし。明日美は不得意だろ」
「……」
「言いたいことわかるけど。比べられないよ。比べるものでもないし。ただ、そういうこと聞き始めたってことはヤバイってのはわかる」
「不安なの」
「だろうね」
「だろうねって。他人事みたいに言わないで。……灰谷くん、あたしのことちゃんと好き?」
 
灰谷はグッと詰まった。
でも何か言わなければならない。
 
「好き……だと思うよ」
「だと思うって」
「明日美の好きとは違うかもしれないけど」
「あたしの好きとどう違うの」
 
灰谷はそれを説明する言葉を持たなかった。
 
「ごめん、言い過ぎた」
「なんであやまるの」
「……」
「めんどくさいって思ってるでしょ。めんどくさいこと言う女だって」
「言っていいんじゃないの。付き合ってるんだから」
「答えになってないよ。灰谷くん、あたしと付き合ってて楽しい?いっしょにいて楽しい?」
「楽しくないわけじゃないよ。でも楽しいばっかりじゃないだろ、人と人との付き合いって」
 
明日美は唇を噛みしめた。
 
「でも、付き合ってくれるんだ。どうして?どうしてあたしと付き合ってくれるの?」
「別に。特に不満はないよ。ケンカしたいわけでもない」
「あたしはケンカしたいの。灰谷くんと感情をぶつけ合ってケンカしたい」
「……」
「真島くんとはケンカするでしょ?」
 
灰谷はため息をついた。
 
「なんでそこでまた真島?」
 
明日美はキュッと唇を噛みしめた。
 
「あたしたちの間にはいつも真島くんがいたの」
「どういうこと?」
「あたしは真島くんと灰谷くんを取り合ってた」
「意味がわからない」
「灰谷くんは何も見てないのよ。結局灰谷くんはあたしも見てないの。あたしの、女としての容れ物を見てるのよ」
 
 
容れ物……。
 
灰谷は衝撃を受けた。
 
 
明るくてテキパキ働くカワイイ子だと思っていた。
思いがけず告白されて付き合った。
一緒にいると恥ずかしそうで嬉しそうで。
少しづつ馴染んで行って。
 
灰谷は改めて明日美を見た。
今、目の前にいるのは美しい女だった。
 
どこからどう見ても女だった。
女そのものだった。
 
女の条件をフルに満たしていた。
いや、最大公約数だった。
 
もしかしたら、オレが女にしたのかもしれない。
 
……そうかもしれない。
 
女としての容れ物。
そうかもしれない。
 
だからオレは明日美と付き合い始めたのかもしれない。
 
それって……。
 
 
 
「あたし帰る」
 
明日美が立ち上がった。
灰谷は動けなかった。
 
「引き止めてもくれないんだね」
 
何か言ったほうがいいのはわかっていた。
でも、言葉が出てこなかった。
 
「もう会わないほうがいいのかもね、あたし達」
 
灰谷は明日美の顔が見れなかった。
 
「……ああ」
「……」
 
明日美が伝票を手に取った。
 
「オレ払うよ。つうか家まで送ってく」
「いい」
「危ないから、送っていくよ」
「いい!」
 
明日美のこんなにも強い拒絶の声を、灰谷は初めて聞いた。
 
「……灰谷くんのそういうとこ、好きだったけど。今はすごくイヤ」
 
明日美が出て行った。

 
 
 
帰り道。
フラフラと歩きながら灰谷は考えた。
 
結局オレって……ダメなやつだ。
 
泣いてるだろうな。
泣かせちゃったな。
 
 
もしあの時、明日美から告白された時、佐藤が言ったように真島が明日美のことを好きだったとしたらオレはどうしただろう。
たぶん……明日美と付き合わなかっただろう。
 
 
「あたしは真島くんと灰谷くんを取り合ってた」
 
明日美の言葉を思い返した。
 
 
ガキのころからいつも一緒にいて、いるのが当たり前で。
自分の十七年の人生を振り返っても、そこにはいつも真島がいたから。
そのことになんの疑問も感じたことはなかった。
 
 
親友と彼女は違う。
それはわかってる。
でも、どちらが大事かと言われれば、迷いようがなかった。
真島だった。
明日美を失うより、真島を失うほうがつらい。
 
 
結局のところ、そういうことなのかもしれない。
 
 
気がつけばまた真島の家の前に立っていた。
 
終わったかな断捨離。
部屋に電気はついてるな。
 
灰谷は真島家のインターホンを押した。
 
 
 
 
 
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