ナツノヒカリ 34
灰谷はモヤモヤしていた。
あの日、駅で真島とあの城島という男を見かけてからというもの、真島を見ると胸のあたりがモヤモヤする。
「オレはオマエがなんだって構わないよ。オマエがオレの一番の親友だってのは死ぬまで変わらねえから」。
あの時、灰谷が真島に言った言葉は本心だった。
いや、そりゃあ少しは構うだろうけど。
結局のところ構わない……と思う。
例えばあいつが佐藤の言うようにホモ……いや男が好きだったとしても、オレたちの今までが消えるわけじゃない。
じゃあ自分のこの気持ちはなんだろう。
落ち着かなさはなんだろう。
真島にとってあの城島って男の存在って……。
あ~もう考えてわかるもんじゃないし。
めんどくせえ。
このモヤモヤがめんどくさい。
明日美との待ち合わせの駅に向かって灰谷は早足で歩いた。
昼だから大丈夫だと思うけど明日美をまた一人にしてはいけない。
「灰谷くん」
駅で明日美が待っていた。
灰谷を見つけると笑って手を振った。
明日美は今日もカワイかった。
女の子。
カラダふんわり。
長い髪。
上目遣い。
付き合ってふた月。
自分のことが好きな女。
「一人で大丈夫だった?」
「うん。昼間は大丈夫だよ。人いっぱいいるし」
「そっか。どこ行こっか」
明日美が灰谷を見つめた。
「何?」
「灰谷くん、なんかあった?」
「え?なんで」
「元気ないみたい」
明日美ちゃんはオレの気持ちに敏感だ、と灰谷は思う。
「なんで?そう見える?」
「見える」
「なんでわかる?」
「ん~好きだから?」
明日美は小首をかしげて言った。
「好きだからなんでわかる?」
「う~ん。好きだから見ちゃうし、好きだから気になるし、好きだから知りたいし?」
「ふうん」
「やっぱなんかあったの?」
「いや、なんにもないよ。行こう」
明日美が灰谷の腕に手を絡ませた。
「好きだから触れたいし」
灰谷の頭にあの日の光景がフラッシュバックした。
離れようとする城島の腕をつかむ真島の姿。
その切羽詰まった顔。
好きだから見てしまう。
気になる。
知りたい。
そして触れたい……。
好きだから……。
真島があの男を?
……別にいいじゃねえか。
つうかなんでオレ、この間から真島のことばっかり考えてるんだ?
佐藤がヘンなこと言い出してからどうにもおかしい。
大体、あいつが親戚だって言うんだからそれでいいんだよ。
もし違ったとしてもオレにはそう思われたいならそれでいいんだよ。
どうかしてるな。
「明日美ちゃん」
「ん?」
灰谷は立ち止まり、明日美を抱きよせた。
突然抱きしめられて戸惑ったのだろう、明日美はじっと動かなかった。
灰谷が頭と背中をふわりと撫でてやると、安心したように、腕を回した。
ペタリ、露出した肌が汗でくっついた。
柔らかいカラダ。
腹のあたりに感じるマシュマロみたいなおっぱいの感触。
灰谷の脳裏に英語の時間に習ったマザーグースの詩が浮かんだ。
“女の子ってなんでできてるの
お砂糖とスパイスとステキな何もかも”
そうステキな何もかもなんだ。
“男の子ってなんでできてるの
カエルとカタツムリと仔犬のシッポ”
そう、ヤローはゲテモノを股の間にぶらさげてるんだ。
“女の人ってなんでできてるの?
リボンとレースと甘い顔”
腕を解いて頬を両手ではさみこめば、明日美の顔は真っ赤だった。
カラダも熱い。
カワイイ。
まさしくステキな何もかも。
甘い顔だった。
灰谷は明日美に口づけた。
口の中トロトロ。
あ~気持ちいい。
つうか突っこみてえ。
“男の人ってなんでできてるの?
ため息と流し目とウソの涙”
ウソの涙。
真島、あの時、そういえば泣いてたな。
オレが死ぬまで親友だって言った時。
ウケるって言って泣いてたけど。
あれってもしかして……。
唇を離すと灰谷は明日美の顔を見つめた。
もしかしてオレはていのいい言葉でアイツをだまらせ、自分の聞きたい言葉を吐かせただけじゃないのか?
ホントはあいつ、やっぱ……。
「灰谷くん?」
灰谷は明日美をギューっと抱きしめた。
はあ~わかんねえ。
あーもうわかんねえ。
オレ、何したいんだ。
どうしたいんだオレ。
「灰谷くん……苦しい」
灰谷は力をゆるめた。
「ごめん。ホントごめん」
「ううん。ビックリしただけ」
何やってんだオレ。
明日美が灰谷の手を取った。
「行こっ」
「うん」
灰谷は明日美と手をつないで歩き出した。
明日美の耳が赤い。
カワイイな。
やっぱり明日美ちゃんはカワイイ。
ヤリたい。
この気持ちは好き?それとも性欲?
「なんか食おっか?腹減ってる?」
「うん」
「明日美ちゃんの好きなパスタにする?」
「うん」
その時だった。
「灰谷く~ん」
声のする方を振り返れば真島の母、節子だった。
パート帰りだろうスーパーのビニール袋をいくつも手に提げている。
「節子」
「灰谷く~ん。あら?もしかして彼女?」
節子は興味津々といった感じで明日美を見つめた。
「ああ。うん。明日美ちゃん。明日美ちゃん、こっちは真島のお母さん。節子」
「はじめまして。高梨明日美です」
「あらあ、カワイイ~。お似合いねえ。あの子なんにも言わないから~。最近灰谷くんあんまり来ないわねって言っても、外で遊んでるしか言わないし。こんなカワイイ彼女いたら、そりゃあ、遊んでくれないわねえ」
「真島だって遊んでくんないですよ。バイトバイトだし」
「そうなのよう。バイトしてるか寝てるか。それでたまにフラッと夜、何も言わないで出かけちゃうのよう。いったい何してんだか。あんまり聞くと怒るし。反抗期かしら。やーね」
真島が夜フラッと出かける?
「そういえば佐藤くんも中田くんもこの間、来たきりね。さびしいから、もっとみんなで遊びに来て~」
「あ、はい」
「ええと、明日美さんもよかったらいっしょにどうぞ~」
「ありがとうございます」
「じゃあデートの邪魔しちゃ悪いからあたし行くわね」
話すだけ話すと節子はセカセカと離れていく。
「灰谷くん、あれ」
ビニール袋を一つ落としている。
灰谷は拾って追いかける。
「節子、これ落としてる」
「あらやだ。ありがとう灰谷くん。ちょっと、カワイイ子じゃない」
「え?ええまあ」
「美男美女でお似合いねえ~。嫉妬しちゃうわ」
「買い物いっぱい。誰か来るんですか?」
「誰か?」
「真島から今度親戚のお兄さんが転勤になるって聞いたから。その人でも来るのかなって」
「親戚?ヒロちゃんの事かな。転勤の話があったけど地元離れたくないからって断ったってあの子に話したんだけど」
「?そうですか」
話が噛み合わなかった。
「あの子が言ってた?ヒロちゃんの転勤が決まったって?」
「ヒロちゃんかどうかはわからないけど……」
「何勘違いしてるのかしら。人の話聞いてないわねあの子。子供の頃はよく遊んでもらってたのに。もう随分会ってないし、しょうがないか」
いや、転勤の下見に来てるから、ちょこちょこ来てるって。
いっしょにメシ食ったって言ってたのに……。
いっしょにメシ食ったって言ってたのに……。
「今日は色々安かったのよ~。つい買いすぎちゃった。で、夜は天ぷらなの。灰谷くんも誘おうと思ったんだけど。デートじゃダメね。よかったら明日のお昼にでも来て。多めにあげとくから。天丼食べれるわよ」
「ああ。はい。行けたら、行きます」
「じゃあね~」
親戚じゃないな……この間の人……。
じゃあ……。
「灰谷くん。灰谷くん」
気がつけば明日美がそばに立っていた。
「え?あ、ごめん、何?」
「明るくてカワイイお母さんだね」
「うん」
「真島くんにそっくり。お母さん似なんだね」
「そうだね」
「でも灰谷くん、なんで真島くんのお母さんを節子って呼ぶの?」
「ああ、喜ぶから。呼び捨てってなんか、嬉しいらしい。特別な感じがして」
「ふうん。いいなあ呼び捨て」
「え?」
「いいな」
明日美が灰谷を甘えたように見つめた。
「う~んと、明日美ちゃんもその方がいい?」
「うん」
「わかった」
「で?」
「ん?」
「呼んで?」
「明日美?」
「はい。嬉しい」
「……行こっか」
「うん」
明日美と腕を組んで歩きながらも灰谷は頭の一方で考え続けていた。
セフレ=城島。
そんな公式がポンッと灰谷の頭の中に浮かんだ。
じゃなきゃなんで親戚だなんて、オレにわざわざウソつく必要がある?
やっぱりウソか。
いや、オレがつかせたのか。
どこまでが……。
あいつってやっぱ……。
灰谷のモヤモヤがカタチをかえて濃度を増した。
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