空々と漠々 くうくうとばくばく

BL小説ブログです。。。

ナツノヒカリ 85

 

中田の兄が働く工場の片隅に二台のバイクが並んでいた。
 
ジョーカー。
二十年ほど前にホンダが作ったアメリカンタイプのスクーター。
マックスシルバーとメタリックブラック。
 
『ホントはベスパとか欲しいけど高いしな。つうかあんまり乗ってる人がいないのが良くね?』
 
原付免許を取った後、中古のバイクを探していた真島が街中で見かけて、カッコイイと言っていたバイクだった。
 
図書館で原付免許の本を手に取った時に灰谷は思った。
真島と二人でバイクに乗ってツーリングに行きたいと。
バイクなら板金工の中田の兄だという事でかなりムリを言って探してもらった。
 
 
「うお~いいじゃん灰谷。ちょっとベスパっぽい」
 
案内してくれた中田が言う。
 
「ああ」
「ケツのラインがティアドロップだ。シャレてんな。シートゆったりだし。ハンドル幅広。おっ、メットインじゃん」
 
元々バイク自体に興味がなかった灰谷は初めてのピアスを選んだときと同じ様な感覚で、真島が欲しがっていた車種の色違いでいいやと思った。
 
「で、どっちがどの色にすんの?」
「あ~オレは別にどっちでもいいかな。真島に選んでもらうわ」
「イメージとしては真島がシルバーで灰谷がブラックだけどな。きっと真島ブラック選ぶな」
「ああ。オレもそう思う」
 
男は黙って黒じゃね?なんて自転車選ぶ時も言ってたしな。
 
「あ、そうだ、このメット、兄貴から二人へのプレゼントだって」
 
新しいヘルメットが二つ、置いてあった。
 
「マジで?中田の兄貴ホントにカッコイイな。あれ、そう言えば今日兄貴は?」
「ああ。なんか急に納車に行かなきゃならなくなったとかで。モロモロは今度にって」
「そっか。忙しいだろうに急がせちゃって悪かったな」
「灰谷」
 
中田は灰谷の肩に手を置いた。
 
「兄貴からの伝言を伝える」
「うん」
「近日中に第二回長渕ナイト開催でヨロシク!」
「ゲッ!マジで?」
「マジだ」
「長渕ナイト~」
「しかもそれだけではない。矢沢ナイトも控えている」
「……」
 
 
灰谷の脳裏に悪夢が蘇った。
以前、一度だけ開催されたことがある恐怖の長渕ナイト。
 
それはジャイアンリサイタルと同義語だった。
長渕ファンの中田の兄がカラオケで長渕を熱唱するのに合わせ、マジハイサトナカがただただ盛り上げ気持ちよくなってもらうという長い長い夜。
中田の兄の声が枯れて出なくなるまでそれは続いた。
 
それが今度は長渕だけではなくて、矢沢まで……。
 
「長渕はわかるとして、なんで矢沢?」
「このバイク探すのさ、かなり大変だったみたいなんだよ。八月中に一日でも早く、だろ。状態もさ、二台あんまり違くても困るだろ。んで、兄貴、昔のコネクションを使ったみたいなんだよな。あっち方面って車関係多いから」
 
伝説の不良のコネクション。
なるほど。だからこんなにすぐ見つかったのか。
ほぼ一日だもんな。
早いと思った。
 
「で、兄貴が自慢したことがあったみたいなんだよな、その矢沢ファンの人に」
「あ~長渕ナイトを」
「そう。メッチャ気分良かったって。で、その人がオレも矢沢になりたいと」
「ん~マジか~」
「マジだ~」
「わかった。真島はともかくとして。中田も付き合ってくれるか?」
「マジハイの事なんだから、しょーがねえだろ」
「ワリぃ。でも佐藤、イヤがるだろうな」
「あいつには何も言わせねえ。元はと言えばあんなナイトが開かれるようになった原因はあいつだからな。兄貴あれで味しめたんだ」
「そうだな」
「灰谷、オマエ長渕と矢沢のヒット曲、さらっとけよ」
「わかった」
 
オレはマズイ人に頼んでしまったのかもしれない。
開催決定したナイトを想像して灰谷は少し震えた。
 
「あ、中田、写真撮ってくんない?真島に送るから」
「お、まかしとけ」
 
灰谷はヘルメットをかぶり、バイクにまたがった。
 
パシャパシャ。
 
「こんな感じ?」
「うん」
 
灰谷はすぐに真島に写真を送る。
 
『ジョーカー二台ゲット。オマエどっちにする?』とメッセージも送る。
 
 
「何?今日も既読つかねえの」
「うん」
「何日目だっけ。真島が旅に出てから」
「四日目?かな」
「そっか。あいつも頑張るねえ。何してんだろな真島」
 
 
♪~
 
中田のスマホが鳴った。
 
「もしもし……」
 
四日目か……。
節子は二日くらいで帰って来そうって言ってたのにな。
それだけ……って事なのかな。
 
「うん。わかった。今すぐ行く。…はいはい」
「何?佐藤?」
「おう。もうファミレス着いたって」
「そっか。佐藤にもナイト開催を告げないとな」
「だな」
 
灰谷はバイクを眺めた。
 
まあでも、これ見たらあいつだって帰りたくなるぞ。
見たら、なんだけどな。
 
真島とツーリング。
これなら自転車と違って海にだってすぐ行ける。
 
灰谷は小さく微笑んだ。
 
 
 
 
「おっ、いいじゃんバイク。オレも免許取ろっかなあ」
 
中田が撮ったバイクの写真を見て佐藤が言った。
 
「だろ佐藤。オレも取って、サトナカマジハイでツーリングにでも行くか」
「いいね~チーム作ろうぜ」
「そん時はまたオレの兄貴にバイク探してもらおう」
「いいねえ」
「それでな、佐藤……」
 
灰谷が切り出した。
 
 
「は?なんだよそれ」
 
ファミレス内に佐藤の声が響き渡った。
 
「声が大きいよ佐藤」
 
第二回長渕ナイト開催、順次矢沢ナイト開催決定を告げると佐藤は言った。
 
「オレ、行かねえぞ」
「なんでだよ佐藤。強制参加だよ。オレも出るんだから」
「ふざけんな。中田が参加するのは勝手だけどオレはイヤだよ」
「どの口がそんな事言うんだよ」
 
中田が佐藤の口を指で挟んだ。
 
「イタタタタ。やめろって。いや、だってさ…」
「元はと言えばこんなクレイジーナイトが開かれるようになったのはオマエの責任だろ」
「それは……そうだけど」
「オレたち、マジハイナカはあの時ちゃんと付き合ったよな」
「そ、それはそうだけど……」
 
一年ほど前、佐藤が中田の兄貴の怒りを買った。
原因は、佐藤と言えばのフィギュアで。
 
中田の兄貴が昔たまたまクレーンゲームで取って忘れていたフィギュアがプレミアが付くほどのものだと知った佐藤。
 
売ってくれと頼んだ所、『オレには不要なものだから素直に欲しいと言えば気持ちよくやったのに、初めから金の話か』とヘソを曲げてしまった。
 
どうしてもフィギュアが欲しい佐藤は謝りに謝った。
 
そして考えに考えた佐藤が提案したのが長渕ファンでカラオケ好きの中田の兄貴に、ただただ気持ちよくなってもらおうという長渕ナイトだったのだ。
 
結局佐藤はそのプレミアフィギュアをタダで手に入れた。
だが、ナイト開催から数日間、四人の頭の中で長渕の楽曲が中田の兄貴の歌声で何度もクルクル再生されるという地獄の症状に見舞われた。
 
「で、佐藤、どうするって?」
 
中田が腕組みをしてメンチを切った。
 
「中田、オマエその顔すると兄貴にそっくり。行きます。参加させていただきます」
「よし」
「ワリぃな、佐藤」
「いいよ。マジハイの為だろ。…んじゃ、課題やろうぜ。灰谷どこまでできてる?」
「あ、数学は全部終わった。物理の宇宙人も四人分書いた。あと漢文のワークも終わってる」
「スゲエな灰谷。チョッパヤじゃん」
 
とりあえず課題から解放されねえとな。
 
昨夜バイトから帰った灰谷は飛ばしに飛ばして自分のノルマを仕上げた。
 
 
その数時間後。
テーブルには空になったグラスがいくつも並んでいた。
 
「あ~疲れたオレもう限界」
 
テーブルに突っ伏して佐藤が言った。
 
「ダメだ。頑張れ佐藤。オマエはとりあえず、中田がやってくれた英語のプリント問題と問題集の答え、今日中に全部写しちゃえ」
「いやいや、そんな急がなくても。借りてって明日ぐらいまでいいじゃん」
「いや、オレも写さないとだし」
「まだ夏休み終わるまで三日もあるんだからさ~。そんなに急がなくても間に合うって~」
 
佐藤はあくびをすると「オレ帰るわ~」とテーブルの上に広げた教科書やノートを集め始めた。
 
「それじゃダメなんだよ」
「なんでだよ~。なんでそんなにピッチ上げて課題やんなきゃなんないの。大丈夫だって」
「それじゃダメなんだよ!」
 
灰谷の思いがけず少し強い語調に佐藤と中田は驚いた。
 
「真島と……」
「真島と?」
「いや……」
「なんだよ灰谷、言えよ」
 
中田がうながした。
 
「そうだよ言えよ」
「……実はオレ、真島と色々あって…」
「え?何なに?色々って何?」
 
佐藤の目が好奇心に輝いた。
 
「佐藤、黙って訊け」
「おう」
「まあその、くわしくは言えないんだけど色々あって。真島とこの夏、全然遊んでないんだよ。で、せめて夏休みの最後に一日でもいいから真島と…オマエらと。サトナカマジハイでガツンと一緒に遊びてえなあって」
 
中田と佐藤は顔を見合わせた。
 
「それで急いでたのか。なんだよ早く言ってくれよ。オレだけがワガママ言ってるみたいじゃん」
「ワリぃ」
「そうだな灰谷。課題パパッと終わらせて、遊ぼう」
「おう。そうしよう。でもな~真島が早く帰ってこないと、あいつの分だけ終わらないぜ」
「……」
 
中田が佐藤を肘で突き、それ以上言うなと目配せした。
 
「あ~オレ思ってたんだけど~古文の教科書の予習さ、写すの面倒くせえから本文コピーして、ノートに貼って、そこに書きこんで行った方が早いと思うんだけど」
 
佐藤は具体的な提案をした。
 
「あ、それいい」
「佐藤頭いい」
「そんな事あるけどさ~。じゃあオレ四人分コピーしてくるわ。あと真島の分はノートも買って来て、もう貼っとけばいいよ」
「お~さすが佐藤、サエてるねえ~」
「佐藤はやるヤツだよ」
「だろ~。あ、灰谷チャリ貸して」
「おう」
「あと金。結構コピー代かかるだろ」
「ん~」
 
みんなでお金を出し合った。
 
「ほいじゃ行ってくるわ~」
「頼むな」
 
教科書抱えて佐藤が行った。
 
「中田、ありがとな」
「何が。オレだってみんなでドカンと遊びてえよ」
「おお」
「さあ、飛ばそうぜ」
 
ホントにこいつら最高だな。
 
灰谷は思った。
 
 
 
 
 
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