空々と漠々 くうくうとばくばく

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アキノワルツ 第29話 屋上で聞いたこと③

「ガーッ。ざけんなチクショウ」

あ、大きな声で叫んでる。

「チクショウ。ざけんなあの女。ざけんなチクショウ。ざけんなざけんなざけんな~っ!!!!」

たいそうご立腹のご様子。
ん? あれ? この声どっかで……。
カラダを低く起こしてそっと下をのぞきこめば……そこにいたのは……。


中田だった!


仁王立ちでスマホをにぎりしめ、緑のフェンスに向かって叫んでいる。

「あんのバカ女!!」

そう言うと中田はスマホを地面に思いっきり叩きつけた。
肩が激しく上下している。

なんだなんだ? あの中田が。
パッとみ強面のヤンキー風だけどその実、面倒見が良くていつも大人で落ち着いている中田が……。

――――よっぽどの事があったに違いない。

う~ん。
ヤバいもん見ちゃったな。どうしよう。
これは見ちゃダメなやつだ。
見てたって気づかれちゃダメなやつだ。

よし!墓場まで持って行こう。



「うわ~~」

中田は天に向かってもう一度吠えた。
そしてなぜか、くるりとふり返った。

え?
目が合った。
不覚。
オレはパッと身をかがめる。

いやいやバレてないバレてない。一瞬だったからバレてない。


「誰かいんのか?」

ヤバイヤバイヤバイ。

「おいっ」

バ・・・バレる・・ダメだ。
オレは鼻をつまんで答える。

「タカハシです。タカハシススムです。ごめんなさい。見てません。何も見てません」

これでなんとかなってくれ? とオレはまた身を伏せた。

 

――

――

 

ん? あれ? 気配がしない。もしかして帰った?
って……ん? なんか暗い。後ろから影が……。
ふり返るとポケットに手を突っこんだ中田がオレを見下ろしていた。

「こんちはタカハシススムくん。つうか、真島だな」

中田が不敵に笑った。

「ウイーッス!」とオレは白状するように両手をあげた。

 


中田と二人、貯水塔を背に建物の縁に並んで腰かけた。
手すりとかはないから、足ブラブラ。

「灰谷はここ、登れねえな」
「そうか?」
「ああ。あいつ、ああ見えて高所恐怖症なんだよ」
「こんぐらいなら大丈夫だろ」
「いや、チンコ、キュッとするって言うわ、きっと」
「ああ。あれな」

そう言ってニヤリとすると中田は首を上げて遠くの空を眺めた。
オレは足をさらにブラブラさせてみたりなんかする。

はぁと小さくため息をついた後、中田がぽつりと言った。

「みっともないとこ見られちまったな」
「いやあ~そんな事言ったら、オレなんかいっつも中田に見られてるよ」
「そんなことはねえよ」
スマホ、大丈夫か?」
「え? ああ」

中田がポケットからスマホを出した。
画面にピシーっと亀裂が走っていた。

「ダメだなこりゃ」
「だな」

その時、ピューって風が吹き抜けてオレ達の髪を揺らした。

「ここ高くて気持ちいいな」って中田が言うから、「うん」ってオレは答えて、足をプラプラさせた。

ん~間が持たねえな。
なんかテキトーな話題を……。

「あ、矢沢ナイト、どうなった?」
「ああ。近日開催予定だって兄貴が言ってたわ」


夏の終わり、オレと灰谷のバイクを探してくれた中田の兄貴への感謝をこめて行われた長渕ナイト。
兄貴のなりきり長渕のカラオケに、サトナカマジハイが兄貴が満足するまで付き合い、盛り上げるという地獄の祭り、が開催された。

その話を聞いた兄貴のツレがオレも矢沢やりたいと言いだした事で決まった接待祭り第二段、それが矢沢ナイトだった。
矢沢だけに、もちろん矢沢永吉のなりきりだ。
次はラルクナイトしたいって話も聞いている。

ガクガクブルブル。。。

「そっか。聞きこまねえとな」
「おう。ベスト作ってみんなに渡すわ」
「うん。♪サムバディズンナイ~ポワゾォンのぅ~だっけ?」

オレはメッチャ矢沢っぽく歌ってみた。

「おお。そうそう、うまいじゃん真島。で、顔はこう」

中田は首を少しかしげ、アゴを突き出すと眉をよせ目を細め、唇をすぼめた。

「こう?」

オレも見よう見まねでやってみる。

「いやちげえよ。こう!そこんとこヨロシク。言ってみ」
「そこんとこヨロシク」

自然と右の人差し指も出て矢沢ポーズにになった。

「そう!いいね~。で、♪時間~よとまれぇ~命の」

中田の歌い出しにかぶせて♪めまいぃのぅ なっかっでぇ~とオレも合わせ、二人、矢沢ポーズのまま眉間にシワを寄せて歌った。

「中田イケてる」
「真島もイケてる」
「そこんとこヨロシク」とオレたちは同時に言ってゲラゲラと笑った。

しょうもない笑いだけど、こういうのが大事って時も、たぶんある。

 

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