空々と漠々 くうくうとばくばく

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ナツノヒカリ 60

 

翌日の事だった。
 
バイトを終えて家に帰ると母ちゃんが玄関先でちょうど電話を切ったところだった。
オレの顔を見て静かな声で聞いた。
 
「信、あんた、結衣さんって子と付き合ってるってホント?」
「え?」
「今、その子の親御さんから電話があって、あんたに妊娠させられて捨てられたって言ってる」
 
妊娠?一瞬頭がパニクった。
 
「付き合ってた。最近別れた。妊娠はない……と思う」
「どうしてそう思うの」
「……ちゃんと避妊、してたから」
「とにかく、その子とそういう事があったのは事実なのね」
「うん」
 
母ちゃんは黙ったまま、しばらく何か考えていた。
 
「今から行くわよ、その子の家」
「え?」
「事実を確認して、謝るべきところがあれば謝るよ。こういうことは早いほうがいい。お父さんには後であたしから話す。あんたは制服に着替えなさい。髪もキチッとして」
 
 
 
 
その日の母ちゃんの姿をオレは一生忘れないだろう。
 
母ちゃんは結衣ちゃんの両親の前で畳に額をこすりつけた。
 
「うちの息子が大事なお嬢さまに大変なことを致しました」
 
「結衣はまだ未成年ですよ。それを妊娠なんて」
「どういう教育をしてるんだ」
 
次々と浴びせられる結衣ちゃんの両親の言葉に、ただただ頭を下げ続けた。
オレのせいで。
オレも隣りで頭を下げた。
それしかできなかった。
 
 
結局、オレたちが最後にしてから一週間しかたっていなかったので、妊娠が確認できるさらに二週間後まで待ってから、改めて話し合いをすることになった。
母ちゃんは娘さんともきちんとお話させて下さいと頼んだがそれは聞き届けられず、結衣ちゃんがその場に姿を現すことはなかった。
 
 
そのまま黙って二人、家まで帰った。
帰り道、母ちゃんは一言も口をきかなかった。
 
玄関を入ったところで、オレはこらえきれずに言った。
 
「母ちゃん、ごめん」
 
振り向いたと思ったら母ちゃんはオレの頬をビシリと叩いた。
 
「これは結衣さん分。これは結衣さんのご両親の分。これはお父さんとあたしの分」
 
三発、オレの頬を叩いた。
 
母ちゃんに叩かれたのはガキの頃以来だった。
頬が熱を持ってヒリヒリして耳鳴りがした。
それだけ本気で叩かれた。
 
「いった。叩いたこの手も痛いわ」
「……ごめんなさい」
「男の子生んだ時から、もしかしたらこういうこともあるかもしれないって、ちょっとだけ覚悟してた」
「……」
 
「信、人と関わるってね、こういうことなのよ。あんたがなんでもないと思ってることでも人を深く傷つける事もあるの。あたしはあんたの親だからあんたがカワイイ。結衣さんのご両親だって結衣さんがカワイイ。だから結衣さんのご両親を悪く思っちゃダメ」
「……うん」
「人とは誠実に向き合わなくちゃ。もちろんあんたがいつもそうしてないって言ってるわけじゃないのよ。でもね、こんな風にするしかなかった結衣さんのことを思えば、おのずとあんたがどんな付き合い方をしていたかがわかる」
 
その通りだった。

「信、起きてしまったことは変えられない。これを機会にあんたは考えなさい。人と人がどう向き合えばいいのかを」
「……うん」
「そして、もし結衣さんが本当に妊娠していたら、私たちは結衣さんの望む、私たちに出来る限りのことをしなければいけないわ。そこは、覚悟しなさい」
「はい」
 
母ちゃんにここまで言わせたことに、オレは泣けてきた。
 
「男は泣かない!」
 
そう言った母ちゃんも泣いていた。
 
「あたしも泣かない!」
 
「母ちゃん」
「何よ」
「母ちゃんの息子で良かったよ」
「でしょっ!だったらもうババアって言わないでよね」
「うん」
「さあ、今日は肉食べるわよ肉。力つけて頑張らないと」
 
 
その夜、母ちゃんから話を聞いた親父はオレの頬を一発叩いてからこう言った。
 
「男なら女を泣かせるな。母さんを泣かせるな。オレも謝りに行く」
 
似たもの夫婦。
 
でも、オレは愛されていた。
 
その夜、オレの頬はジンジンしてずっと耳鳴りがしていた。
 
 
翌日、母ちゃんが親父の訪問する日時を決めようと結衣ちゃんの家に電話したところ、遠慮するとの話があった。
妊娠はなかったとの事だった。
きっと生理が来たんだろう。
 
わかっていたこととは言え、万に一つってこともあるし、正直オレは胸を撫で下ろした。
 
その話を聞いても母ちゃんは電話口で誠心誠意、謝っていた。 
 
(娘さんを不安にさせてしまって本当に申し訳ありませんでした)
(親であれば聞きたくないであろう話をお聞かせてしまったこと、本当に本当に申し訳ありませんでした)
 
 
情けなかった。
自分がしでかした事の重大さを改めて思い知った。
 
オレはガキだ。
バカなガキだ。
そして弱く、無力だった。
 
 
 
その夜遅く、結衣ちゃんから電話があった。
 
「もしもし」
『真島くん、電話に出てくれてありがとう』
 
結衣ちゃんの声は小さく、少し震えていた。
 
「うん」
『……ごめんなさい。こんなに大変なことになっちゃって』
「うん」
『あたし、もし真島くんの子供ができてたら、真島くん、帰ってきてくれるんじゃないかって』
「うん」
『そんなことないのわかってたけど。もしかしたらって』
「うん」
『まだ早いのわかってたけど、検査薬使ったら、それをお母さんにみつかっちゃって。で、真島くんの事、話しちゃったの。本当にごめんなさい』
「いいんだよ。オレが全部、悪い」
『ごめんなさい。本当にごめんなさい。真島くんのご両親にも……』
「うん」
 
沈黙……。
 
『あのね、あの……灰谷くんの事』
「うん」
『知ってるの?灰谷くんは真島くんの気持ち』
「知らない。気づいてないと思う」
『そっか。……あのね、灰谷くんとうまくいくといいね、とは言えない』
 
もちろんそうだろうな。
 
「うん」
『でもね、一番そばにいる人に想いを伝えられないツライ気持ちはわかる』
「うん」
『真島くんの気持ち知ってるのって、あたしだけだよね』
 
城島さんは……省いていいんだろうな。
 
「うん」
『二人の秘密だね
「うん」
『話してくれてありがとう。あ、あたしが無理やり言わせたんだよね』
「……」
 
『真島くん、あたし、真島くんのこと、本当に好きだったよ』
「うん。ごめんな」
 
それを知ってて利用したんだ……。
 
『……これで最後、だよね』
「……うん」
『元気でね』
「結衣ちゃんも。元気で」
 
二人とも電話を切れずにいた。
 
『真島くん、電話切って』
「いや、結衣ちゃんが切りなよ」
『わかった……じゃあ……さよなら……』
 
 
電話を切った後、結衣ちゃんはきっと泣くだろう。
オレが傷つけた人。
 
 
今度のことでイヤというほどよくわかった。
オレ自身の弱さと女々しさ、灰谷への執着の深さ。
 
 
オレ、時期が来たら、ここを離れよう。
灰谷から、離れよう。
それで、灰谷のいないところで一人で何もかも始めるんだ。
自分一人で自分の責任において。
城島さんの言うように何もかも捨ててみたら何が一番大事なのかわかるのかもしれない。
 
……って、まあ、高校卒業まではこのままやってくしかないし、大学までは(行ったらだけど)親掛かりになっちゃうだろうけど……。
 
母ちゃんを、親父を、オレの周りにいる人を、これ以上オレのせいで泣かせたくない。
 
 
高校卒業まであと1年半。
それまでなんとか持ちこたえよう。
 
 
そう心に誓った。
 
 
 
 
 
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