空々と漠々 くうくうとばくばく

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ナツノヒカリ 93

 

「ふわぁ~」
 
真島が大きなあくびをした。
 
「眠い?」
「あ~なんか家帰ってきたら途端に眠い。タオルケット~」
「んじゃオレ帰るわ。また明日な」
「え?帰んの?」
 
真島は本当に帰っちゃうの?とでも言うようなひどく無防備な顔をした。
 
こんな顔を見るのは長い付き合いで初めてかもしれない。
どちらかと言えば、今までは、え~泊まるのかよ~って感じだった気がする。
まああれも気持ちを隠すため、だったのかも知れない。
 
カワイイ……と思わなくもない……。
いやいや。流されるなオレ。
でもな……。
 
灰谷は言った。
 
「泊まって欲しいか?」
「え?…いや。帰れ帰れ。そういうんじゃねえし」
「泊まってもいいか」
「いいよ。ムリすんなよ」
 
真島は灰谷に背を向けた。
スネる真島も珍しかった。
 
灰谷は真島が横になったベッドにドスンと腰を下ろして言った。
 
「つうか誰かさんのせいでいっぱい走って疲れてるし。家帰るのダルいんだけど」
「そりゃ悪かったな。じゃあ……泊まってけよ」
「おう」
 
素直じゃねえ~。
まあでもそこもなんか……。
 
「布団敷くわ」
 
真島がガバリと起き上がった。
 
「おう」
 
 
二人で協力してベッドと並べて床に布団を敷く。
 
「そっち」
「おう」
 
シーツとシーツの端をそれぞれ持って、ふわりとかけ、シワを伸ばして下に折りこむ。
いつもの事なので二人とも慣れたものなのだが、どうにもいつもと何かが違う。
そんな空気がつきまとっていた。
 
 
一階の洗面所で二人並んで歯を磨く。
 
これもいつもの事なのでどうってことないはずなのだが、なぜだか今日はお互い妙にテレくさい。
それを隠したくていつも通りにしようと思えば思うほど、ぎこちなくなってしまう……そんな感じがしていた。
 
 
「信~母さんたちもう寝るね~」
 
パジャマ姿の節子が声を掛けて来た。
 
「うん」
「灰谷くん、泊まってくでしょ?」
「はい」
「明日、中田くんと佐藤くん来るなら、お昼はミートソースにするね」
「やった!食いたかったん……あ……」
「オマっ…口から垂れてる」
 
灰谷が真島にタオルを渡す。
 
「おう。サンキュ」
 
「フフフ」
 
節子が笑った。
 
「なんだよ母ちゃん」
「別に~。なんでもない」
「母ちゃん、朝は甘い卵焼き作って」
「卵焼き?わかった。じゃあおやすみ」
「母ちゃんおやすみ」
「おやすみなさい節子」
「は~い…フフフ」
 
節子が二人を見てまた意味ありげに笑った。
 
「なんだよ」
「あんたたち、そうしてるとまるで新婚夫婦。あ、夫と夫でフフか。新婚夫夫みたい。フフフフフ」
 
言うだけ言って節子が消えた。
 
 
「……」
「……」
 
気まずさのメーターの針がビューンと跳ね上がった。
 
「チッ」
 
灰谷が黙ったまま歯を磨いていると真島が舌打ちした。
そしてガラガラと大きな音を出して口をゆすぐと、先に行ってしまった。
 
 
ん~。
なんでだ気まずい……。
新婚夫夫……。
 
告白マジックか?
どっかそういうのがオレ達からモレちゃってるとか?
 
オレは別に平気だけど帰った方が良かったかな。
真島、なんかテレてるし。
いや、でも、帰んの?ってあん時の顔はなあ。
帰れねえよ。
 
「ん~。ムズイ」
 
灰谷はつぶやいた。
 
 
 
 
部屋に戻ると真島はタオルケットにくるまって目を閉じ、例の指で挟んでスリスリするやつ、をやっていた。
 
眠いのかな。
 
灰谷も布団に横になった。
 
しばらくして真島が言った。
 
「……しねえから」
「は?」
「襲ったりしねえから」
「何?」
「無理やり襲ったりしねえから、オレ」
 
灰谷は真島を見た。
真島が叱られる前の子供みたいな顔をして灰谷を見つめていた。
 
「フッッ……」
 
灰谷は思わず笑ってしまう。
 
「笑うなよ」
「いや、そんな事気にしてたのか」
「……」
 
気にしていた顔だった。
 
「襲わせねえし。……油断するなよとか言ってたくせに」
「……」
 
真島の顔をみていたら、少しいじめたくなった。
 
「キスとかしたくせに」
「……ワリぃ」
 
泣きそうな顔?
 
「オマエホント……」
 
カワイイな、という言葉を灰谷は飲みこんだ。
 
「ホント、なんだよ」
「忘れた」
「は?」
「まあいいじゃん。寝ようぜ。明日は朝から課題みっちりやるぞ」
「おう」
「で、あいつらにしっかりタカユキしろよ」
「うん」
「もちろんオレにも」
「おう」
「電気消して」
「うん」
「おやすみ」
「…おやすみ」
 
真島が電気を消した。
 
 
スリスリスリ。
 
オレはタオルケットをスリスリしながらあれこれ考える。
 
 
なんだろう灰谷のやつ。
 
オマエホントの後、なんだったんだろう。
 
アホ?自意識過剰?
 
つうかなんで妙な雰囲気になっちゃったんだろう。
灰谷が泊まるなんていつもの事なのに。
 
オレのせい?
…だな?
 
好きだって言っちゃったらなんかもう。
被ってた仮面が剥がれちゃったみたいで。
もう好きが止まんなくて。
 
家に帰るって言われたら、帰んの?とか言っちゃってるし、泊まって欲しい?なんて言われたら、うん!とか言っちゃいそうだし、いやそこは言わなかったけど。
 
一緒に布団敷いたり歯を磨いたりしてんのもなんか嬉しいし。
実際泊まってくれて隣りで今寝てんの嬉しいし。
嬉しいの隠すので、もう精一杯……。
 
なのに母ちゃんがあんな事言うし。
婿だの新婚夫夫だの~~。
 
でもさ、灰谷にしたら、オレ、キスした前科もあるし、ホントは何されるかわかんないって思われてたらとか思いだしたらもうさ……。
 
オレってこんなに乙女だったっけ。
まるで恋する乙女だよ~。
キモ~。
 
オレは足をバタバタさせた。
 
ハッ。灰谷に聞こえる。
 
この過剰反応~。
助けて~。
 
こんな気持ち知られて気持ち悪がられてもツライし。
はあ~どうしたらいいんだオレよ~。
 
いつも通りいつも通り。
 
つうか気持ち隠すのがいつもになっちゃってたから、逆にこれはいつもと違ういつもを構築しなければ……って、あ~~。
 
これが新しい地獄というやつかも。
地獄っぽくないけど地獄……。
 
ん~。片思いは果てがないな。
まるで蟻地獄……。
 
 
まぶし……と思ったら部屋の電気が点いていた。
 
 
「何?」
 
見れば灰谷が自分のカバンを何かゴソゴソやっている。
 
「灰谷、どうした?」
「真島」
 
手には小さな手提げ袋。
 
「真島、コレ」
 
灰谷が差し出した。
 
「何これ」
 
オレは受け取って中をのぞく。
カワイイ小さなリンゴ型のケースが入っていた。
パカッと開いて指輪とか入れとくような。
 
まるでプロポーズみてえ。
…ってプ、プロポーズ?
これって夢?
 
 
「結衣ちゃんからオマエに」
「結衣ちゃん?」
 
紙袋から出してフタを開けると、中にはピアス。
オレが結衣ちゃんにあげたクロムハーツのピアスが入っていた。
 
「これ……」
「オマエがいない間に店に来て。真島にとって多分すごく大事なものだから、渡して欲しいって」
「……そっか」
 
一気に現実に引き戻された。
わざわざケースに入れて、ホントに大事にしてくれてたんだ。
 
「ワリぃ、中身見ちゃったんだ。母ちゃんが勝手に開けちゃって」
「いいよ。別に」
 
一瞬浮かれた自分が恥ずかしくなった。
 
「結衣ちゃん、元気だった?」
「…ああ」
 
灰谷の顔を見て、そんな事なかったんだろうなと思う。
 
「そっか」
「自分が言うことじゃないってわかってるけど、真島の事よろしくって頼まれた」
「そっか」
 
なんて良い子なんだろう。
そんな良い子にオレのしてきた事と言ったら……。
 
 
「つけねえの?」
「ん?」
「ピアス」
「ああ……」
 
もう……オレってホントに……。
 
「貸せ。オレがつけてやる」
 
灰谷がオレの手からケースをうばった。
 
「いいよ」
「つけてやるって」
「いいから」
「つけろよ」
「いいから!」
 
オレは灰谷の手を払った。
ピアスが床に落ちた。
 
「……そのピアスつける資格、オレにはない」
 
灰谷はピアスを拾い上げた。
 
「そう思うなら、なおさらつけねえとな」
「なんでだよ」
「オマエが結衣ちゃんにした事、そんなオマエに結衣ちゃんがくれた気持ち。その気持ごと引き受けてかねえとな」
「……灰谷」
「泣くな。んで、もう自分にウソをつくな」
 
オレは涙をギュッとこらえた。
そうだった。
泣いちゃダメだ。
 
「耳貸せ」
「うん」
 
オレの右耳に灰谷がピアスをつける。
 
戻ってきたピアス。
オレと灰谷との、そして結衣ちゃんとの思い出のピアス。
 
自分にウソをつかない事。
その事で人を傷つけた事を忘れないように。
 
 
 
 
 
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