ナツノヒカリ 91
「ただいま~」
オレは玄関のドアを開けて言った。
台所から母ちゃんが走って来た。
「おかえり信」
当たり前じゃない当たり前、だった。
ありがとうをこめてオレは言った。
「ただいま」
なんだかテレくさかった。
「あら、あんた日に焼けたわね」
「え~?日焼け止め塗ってたんだけどな」
「ウソ。かなり焼けてるわよ」
「そうかな。これ、アイスとプリン。おみやげ」
「あら、ありがとう」
「こんばんは」
灰谷が挨拶した。
「いらっしゃい灰谷くん。オムライス、すぐできるからね」
「ごちそうさまです」
「あ、でもその前に二人、お風呂入ってきたら」
「え?」
「沸かしてあるから」
「じゃあ灰谷先入れよ」
「いや真島入れよ」
「いっしょに入ればいいじゃない」
!!
オレと灰谷は顔を見合わせた。
「いやいや狭いし」
「あらあ、大丈夫よう。入れる入れる」
何てこと言い出すんだ母ちゃんは!
「じゃあオレ先、頂くわ」
灰谷が慌てて言った。
「ああ、そうしろ。タオルと着替え置いといてやるから」
「変な子達ねえ~。昔はよく一緒に入ってたじゃないの」
首をひねって母ちゃんが台所へ消えた。
昔って小学生の頃だろそれ。
オレらいくつだと思ってるんだよ。
カラダだってデカイだろうが。
ん?
灰谷が見つめていた。
「なんだよ」
「一緒に入るか?」
「な!」
「オマエ、赤くなってるぞ」
「ふざけんな、なってねえわ!」
「まあ、オレは別にいいんだけどな」
言い捨てて灰谷が風呂場に消えた。
チクショー、からかいやがって~。
キスした仕返しだな。
告ると立場が弱くなるな。
いや、ダメだ。
ヤラレっぱなしは気に食わねえ。
どんどん攻めないと。
うん。
オレは決意を新たにした。
*
「お風呂、ありがとうございました」
風呂から出た灰谷は台所で忙しそうに調理する節子に声を掛けた。
「いいえ~。信、お風呂から上がったら、すぐにご飯にするからね」
「はい」
「居間でテレビでも見てて~」
「あの、なんかあったら、手伝います」
「ん?そう?じゃあ、サラダ作ってくれる。野菜は洗ってあるから」
「はい」
鳥のからあげを揚げる節子と並んで灰谷はレタスをちぎり、トマトを切った。
「灰谷くん、ありがとね」
「はい?」
「信、迎えに行ってくれて」
「え?」
「あの子、ぐるぐる星人だから、一人だったらまだ帰れてないと思うわ」
え?淋しがり屋だから二日で帰ってくるって……。
「淋しがり屋でぐるぐる星人で腰が重くて、面倒くさがりで、でも、一度こうと決めたらまっしぐらなのよね、あの子」
なるほど。
「決めるまでがぐるぐる。あの子もツライところだろうけど。あれはもう子供の頃からだから直らないわね」
節子は灰谷を見て微笑んだ。
「灰谷くんにもいっぱい迷惑かけたでしょ。ごめんね」
「いえ。真島の事で迷惑だなんて思った事、一度もないです。全部オレがしたくてしてる事だから」
「そっか。ありがとう灰谷くん」
「どういたしまして。これはマヨネーズでいいですか?」
「うん。よろしく」
灰谷は冷蔵庫からマヨネーズを取り出すとツナと玉ねぎを和えた。
「あ~誰かといっしょに料理するのっていいわね~。うちの男どもは何にもしないから。まあ、そういう風にしたのは私だから文句は言えないけど」
「良かったら今度から手伝います」
「ホントに?嬉しい。久子さんに頼んで灰谷くんうちの婿にもらっちゃおうかしら」
「いいっすね……あ、そうだ」
「ん?」
「結衣ちゃんから伝言預かってきました。丁寧な心のこもったお手紙ありがとうございましたって」
「そう……うん。そんな事ぐらいしかできなかったんだけどね。あ、灰谷くん、この事、信には言わないで」
「わかりました」
結衣の名前が出ると、節子は少し悲しそうな顔になった。
「節子も辛かったね」
灰谷は節子の頭をポンポンと撫でた。
「キャーやめて灰谷くん。節子惚れちゃうわ」
「いいですよ、惚れても」
「ダメよ。私には夫と子供が。婿に惚れるなんて」
「はあ~。黙って見てれば。母ちゃん何してんだよ」
風呂上がりの真島が立っていた。
「もう~息子の友達とイチャイチャすんなよ」
「あら、だって、婿とは仲良くしないと」
「婿?」
「うちに婿入りしたいって前に言ってくれてたじゃない」
「ああ……婿ね……婿……」
真島の視線が節子と灰谷の上をしばらく彷徨っていたが、その顔がみるみる赤くなった。
「おい、なんで赤くなってるんだ」
「なってねえわ!ふざけんな」
「ヘンな子ね~」
「母ちゃんお腹空いたって」
「はいはい。さあ唐揚げ揚がったわよ~」
「うお~唐揚げ唐揚げ」
真島が寄って来て一つ口に放りこんだ。
「熱っ……ウマッ」
「これ、つまみ食いしない!」
「灰谷もほれ。あ~ん」
真島は唐揚げをつまんで灰谷の口に持って行く。
「ん~……熱っ……うんま~」
「うんめえな~」
「ん~」
それを見ていた節子が言った。
「イヤ~なんかホントにマコにお婿さんもらったみた~い」
「だ~もう、やめろ母ちゃんは~。マコ言うなって言ったろ。オレ髪乾かしてくるわ」
真島が足早に出ていった。
「何あの子、テレちゃって」
「……っすね」
節子は天然でイイ所を突いてくるなあ。
灰谷は思った。
*
「お待たせ~。今日は贅沢に一人卵三個使ってみたわ」
節子のドデカオムライスだった。
真島にはMAKO、灰谷にはKENとケチャップで文字が入っていた。
「小学生か!」
真島が言う。
「あたしにとってはあなたたちはいつまでも小学生みたいなもんよ」
「う~」
真島と灰谷は手を合わせた。
「いただきま~す」
「いただきま~す」
「はい。召し上がれ」
黄色い卵にスプーンを入れるとオレンジ色のケチャップライスが見える。
二人は口に運ぶ。
「うんまあ~」
「ウマイ!」
「母ちゃんのオムライス最高!」
「これこれ。薄焼き卵にケチャップライス。これがオムライスだよ」
「だよな。ふわとろデミグラ?ダメだあんなん」
「おお。ビバ節子」
「お?ビバ節子?」
「そう。ビバ節子」
「ビバ!」
「ビバ!」
二人はビバビバ言いながらオムライスをほおばり、争うように唐揚げを口に詰めこんだ。
「あらあ~モリモリ食べてくれて嬉しい~。野菜も食べなさいよ」
「ただいま。随分にぎやかだな」
いつ帰ったのか、真島の父が立っていた。
「あら、おかえりなさい」
「よう、灰谷くん」
「おじゃましてます」
「おうコゾウ、帰ったか」
「……」
真島が黙った。
ん?どうしたんだ真島。
次の瞬間、真島が叫んだ。
「パ、パオーン!」
灰谷はビックリして固まった。
パオーン?
・・・。
キャハハハハ。
ハハハハハハ。
節子と真島の父が笑った。
灰谷はあっけにとられた。
何?パオーンって。
「灰谷がポカーンとしてるだろ。だからイヤなんだよ!」
「よく言った」
「そうそうコゾウはパオーンよ」
よくわからないけど、これはきっと又、真島家ギャグに違いない。
ここは……カマすか。
灰谷は真島の肩を叩いて言った。
「マコちゃん、ナイスパオーン」
・・・。
食卓を静寂が支配した。
あれ?ハズした?
次の瞬間。
ガハハハハハ。
キャハハハハ。
クククククク。
真島家の三人がハジけて笑った。
「ナイスパオーン。ナイスパオーン」
「灰谷くんたら、灰谷くんたら」
真島の父は腹を押さえながらサムズアップ。
……ホントに真島家って笑いのハードルがメッチャ低いな、こういうの苦手なオレでも軽々越えられるレベル。
これからは積極的に参加していこう。
灰谷は思った。
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