空々と漠々 くうくうとばくばく

BL小説ブログです。。。

ナツノヒカリ 69

 

「あ~腹減った。朝メシ食おうぜ」
「おう」
 
グウ~。
 
灰谷の腹が鳴った。
 
階下に降りると食卓には真島の父親の姿もあった。
 
「あっ、おはようございます」
「灰谷くん、久しぶりだね」
 
読んでいた新聞をたたんで真島の父が言った。
 
「はい。ごぶさたしてます」
「夏休み前まで毎朝来てくれてたけど、お父さん出るの早いから」
「そうか」
「灰谷くんはここ座って。まことの隣り。今お味噌汁温めてるからね」
 
 
灰谷には父親の記憶がない。
 
物心ついた時には母は離婚していて母子家庭だった。
そのせいか、灰谷にとって父親のイメージと言えば真島の父親だった。
 
あまりしゃべらないけど、ひょうひょうとしていて、たまに面白いことをポツリと言う。
真島や真島の母節子といる時のような気楽さよりは少し緊張するというかピリッとする。
これが一家の大黒柱ってことなのかもしれないと思ったりもした。
 
 
「信、部屋は片付いたの」
「うん。あとは売れるもん売りに行って終わりかな」
「そう。よかったじゃない」
「うん」
 
 
節子の作った朝食は美味しかった。
 
炊きたてのご飯、わかめと豆腐の味噌汁、甘い玉子焼き、きんぴらごぼう、焼き鮭、大根おろし
ザ・日本の食卓。
 
灰谷が自分で作るのはトーストにハムエッグぐらいだった。
めんどくさい時はそれすらも省いてしまう。
 
こういうのを家庭の味って言うんだな。
真島家で食事をごちそうになる度に灰谷は思う。
 
「灰谷くん、お母さん、久子さん相変わらずお忙しいの?」
「はい。なんか海外とのやり取りが増えたとかで、ここの所、ほとんど家に帰ってこないですね」
「そう。灰谷くんも淋しいわね」
「オレは別に。一人のほうが気楽だし。もう慣れました」
「そうだ灰谷。オマエ、うちに養子に来たいって言ってたじゃん」
「そんなこと言ってたの?」
 
節子が嬉しそうな声を上げる。
 
「いや、妹がいたら嫁に貰いたかったって言ったんだよ」
「んで、婿に入るんだろ」
「キャーいいわ~。それステキぃ~ね~お父さん」
 
「灰谷くん」
 
真島の父が真剣な表情をして箸を置いた。
 
「はい」
 
一瞬ためてから真島の父は言った。
 
 
 
「マコは君にやらん」
「?」
 
一瞬の静寂のあと真島家の三人が突然笑い出した。
 
ギャハハハハ。
 
「お父さんってばお父さんってば」
「オヤジ、オレとおんなじ事言ってる」
「ハッハッ。間が良かったろ」
「ナイスアクト!」
 
灰谷は一人、キョトンとする。
 
「灰谷がビックリしてんじゃん」
「灰谷くんごめんなさいね~。あのね、昔、信が子供の頃、よく女の子に間違えられたのよ」
 
それは灰谷も知っていた。
実際初めて見た時はそう思った。
 
「でね、幼稚園で同じ組の男の子が信のこと気に入っちゃって。『マコちゃんをお嫁さんにする~』って。それを聞いたお父さんが。『マコは君にやらんっ』て真剣にその子に」
「つうかオレ、女じゃねーし、って。でも母ちゃん、オレの事マコって呼んでたし。もうマコって言うなって」
「その日からマコじゃなくて信って呼ばされるようになったのよ」
 
なるほど。それで真島に妹がいたら、って話になった時、マコって名前が出たのか。
 
灰谷は一人納得した。
 
「久しぶりに出たな。オヤジの必殺、『マコは君にやらん』」
「ふふん」
 
 
真島も節子も真島の父もニコニコ笑っていた。
 
ホントに仲がいいな、真島家は。
いいな。
ホントにこの家に婿で入れたら良かったのに……。
 
灰谷は思った。
 
 
「でも母さん、この間、マコって言ってたな」
「え?いつ?」
「二階から大声あげた時。『お父さ~ん、マコ、マコが。お父さ~んって』」
「あらそう?気がついてなかったわ。やだ、とっさに出ちゃったのね」
「まあ、たとえ背丈が追い抜かされようとも、親にとっては、子供はいつまで経っても子供のままだって事だな」
 
それを聞いた真島の顔が少し曇ったように灰谷には見えた。
 
「母ちゃん、おかわり」
「は~い。灰谷くん、おかわりは?」
「ああ、じゃあお願いします」
「は~い。遠慮しないでいっぱい食べてね」
 
真島はモリモリとご飯を食べた。
 
食べれるうちは大丈夫だよな。
 
灰谷は思った。
 
 
 
 
「いってらっしゃ~い」
「いってきます」
 
出勤する真島の父を玄関先で三人で見送る。
 
こうしてるとまるで本当に婿に入ったみたいだな、と灰谷は思う。
 
真島の父が急に振り返ったと思ったら灰谷を見つめた。
 
え?
 
「灰谷くん」
「はい」
「マコは君にやらん」
 
・・・。
 
ギャハハハ~。
 
真島と節子が爆笑した。
 
 
ああ。真島家ギャグね。
灰谷は理解した。
 
 
「はい。マコさんには手を出しません」
 
灰谷はイチかバチか、渾身のセリフをブチこんでみた。
 
 
・・・。
 
外したか?
 
ギャハハハ。
 
真島家、大爆笑。
 
ウ、ウケた!
 
「灰谷くんったら灰谷くんったら」
「灰谷、返しサイコー。なんだよオチできるじゃん」
「い、行ってくる……」
 
真島の父が肩を震わせながら出て行った。
 
……こんなんでいいんだ。
 
真島家の笑いのハードルはかなり低いことを灰谷は知った。
 
 
*
 
 
灰谷は真島に付き合って自転車で近くの店まで不要品を売りに行くのに付き合った。
 
「真島、昼メシ、ゴチな」
「おお。にしてもシャツ1枚二十円ってなんだよ二十円って」
 
売上でお昼をオゴってくれるという事だったが、予想に反してその額は低かった。
 
「そんなもんだろ」
「ただ同然じゃん」
「まあ捨てるよかマシってことだな」
「ん~」
 
 
帰ってひと眠りするという真島と別れる。
 
客間に敷かれた真島の布団は使った形跡がなかった。
ほとんど眠っていないのかもしれないと灰谷は思った。
 
「んじゃあ、そのうち取りに行くわ、マンガ」
「うん。まとめとくわ。灰谷、明日バイト、何時からだっけ?三時?」
「いや、夏休み中は十一時だろ」
「あ、そうだった」
「危ねえな~。んじゃ、十時半に迎えに行くわ」
「いや、もうチャリあるし。迎えに来なくていいよ」
「あ、そっか。だな。じゃ、明日な」
「おお。灰谷、タカユキしてくれてありがとうな」
「ああ。つうかほとんどなんもしてないけど」
「いや、ゴミ捨て助かったよ」
 
灰谷は真島を見つめた。
いつもと変わりない真島の顔だった。
 
こいつ、本当にオレのこと……?
 
「どした?」
「なんでもない。んじゃな」
「ウィーッス」
 
灰谷は真島と別れて自転車を漕ぎ出した。
いつものように振り返らずに手を振った。
だから気がつかなかった。
 
この日も姿が見えなくなるまで真島が灰谷の背中を見つめ続けていたことを。
 
 
 
 
 
ブログランキング参加中。よろしかったらポチッお願いしま~す。

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ 
★読んだよ~には拍手ポチッと押して頂けると嬉しいです♪