空々と漠々 くうくうとばくばく

BL小説ブログです。。。

ナツノヒカリ 61

 

高校の登校日。
 
灰谷の自転車の後ろに乗るのは今日で最後と決めていた。
 
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
 
「はーい」
 
母ちゃんの声がする。
 
制服には着替え終わってるし、髪型もバッチリ。
オレは階段を下りていく。
 
「灰谷、おはよ~」
 
灰谷はビックリ顔だ。
呼ばれる前にオレが下りていったからだろう。
 
「真島、オマエどうしたの。今日は雪降るんじゃね?」
「かもな。んじゃ、行ってきます」
 
母ちゃんの顔を見て言う。
 
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
 
玄関のドアから顔を出して母が笑顔で手を振った。
灰谷がペコリと頭を下げた。
 
オレはいつものように灰谷の自転車の後ろに腰を下ろす。
 
「んじゃ、今日もタンデムで行きますか」
「おう」
 
灰谷の力強い漕ぎで自転車が軽快に走り出した。
しばらくして灰谷が言った。
 
「結衣ちゃんのこと明日美から聞いた。大変だったな」
「オレが悪い。オレの事はいい。それより灰谷、母ちゃんを労ってくれよ」
「おう。節子の好きなケーキでも買って遊びに行くか」
「頼む」
 
風を切って進む自転車。
オレの特等席。
 
「オマエさ、明日美ちゃん、自転車の後ろに乗っけたことある?」
「明日美?ああ例のストーカー事件の時に乗っけたきりかなあ」
「今度また乗せてやれよ。いいぞオマエの背中」
「オレの背中~?フェロモン出てるか?」
「おう。惚れちゃいそう。灰谷く~ん」
 
オレはふざけたフリして灰谷の腰に手を回し背中に頬をくっつけた。
 
「おいおいやぶさかじゃねえなあ」
「やぶさかじゃねえのかよ」
「あれ?やぶさかじゃないってどういう意味だっけ」
「知らん」
「暑い。くっつくな」
「うるさい。眠いんだよ」
 
灰谷の背中だ。
広くて固くて気持ちイイ。
しっとり汗がにじんでる。
 
オレは目を閉じる。
 
キイキイいう自転車の音。
頬を行き過ぎる風。
シャツに包まれた灰谷のカラダ。
 
ずっとこうしてたいなあ。してたかったなあ。
車が突っこんできて、二人いっしょにハネてくんねえかなあ。
願ってはみたが叶うはずもなく。

いつもの交差点で佐藤と中田と合流するまで、オレは目を閉じ、最後の特等席を噛みしめていた。
 
 
「よっ、熱中症少年!」
「うるさいよ佐藤」
「もういいのか真島」
「うん。佐藤も中田もこの間はありがとな」
 
オレが退院した翌日、訪ねてきてくれて、お見舞いつって佐藤は自作のジオラマ、中田は働いてる店の洋服をくれた。
 
「いいっていいって。杏子も心配してたわ」
「『マジー、マジ大丈夫~?』って?」
「おっ、似てる」
「うっさいよ佐藤」
「じゃあ中田、マジーマジ大丈夫~。杏子ちゃんありがとっす、マジリスペクトっすって言っといて」
「マジー、マジ受けんですけど~」

佐藤がノッた。
 
「マジサト、オマエらマジうざいんですけど~」
 
中田もノッた。
 
「……」
「灰谷はまたボケんのか~い」
 
佐藤がツッコむ。
 
「いやだから、オレ、オチは無理だって」
 
 
杏子ちゃんのものまねでマジーマジマジ言いながら、オレたちが教室に入っていくと、ざわついていた教室内がピタリと静かになった。
 
「マジ卍、チョリーッス!」
 
静かな教室に佐藤の声が響き渡った。
 
なんだ?
 
「えーみんなどうしたの?オレやっちゃった?」
 
ん?見られてるのってもしかして、オレ?
 
黒板の前に集まっていたやつらが、バラバラと席に帰っていく。
 
なんか貼ってある?
 
何?写真?
 
近づいてよく見ればそれはオレが城島さんとホテルから出てきた所を写したものを大きくプリントアウトしたものだった。
 
横には『真島信 おホモだちとホテルから!あ~ん、イクイク~♥』とチョークで書かれていた。
 
 
灰谷が写真をはがし、丸めて叩きつけるようにゴミ箱に入れた。
中田が黒板に書かれた文字を黒板消しで消した。
 
 
「誰だこれ」
 
灰谷が静かに言った。
 
オレは振り返って教室内を見渡した。
 
好奇心丸出しのニヤニヤ笑いや、無表情、関わり合いたくない顔顔顔が並んでいる。
 
「誰だって聞いてんだよ!」
 
キレる灰谷とは反対にオレは自分でも驚くほど冷静だった。
 
どっからバレたんだろう。
まあ、せまい街だからしょうがないか。
見られてもしょうがないだろう。
んでも、こういうことやる根性が気に入らない。
 
 
「ホモじゃねえよ」
 
オレの言葉にクラスの視線が集まった。
 
「女も男もイケるから。ああ、でも突っこまれたいってヤツがいたら声かけてよ。オレにも好みがあるから全員相手できるとは限らないけど。病気は持ってないし。お望みなら、オレにケツに突っこまれてヒーヒー言ってるとこ写真に撮って、黒板に貼ってやるからさ」
 
 
 
教室が静まり返った。
オレはモーゼよろしく自分の席につく。
 
 
「やっ、やだなあ真島。オマエ、演技力スゴイから、みんな信じちゃうじゃん。冗談キツイわ~」
 
佐藤が顔を引きつらせながら、やたら大きな声で話しながら近づいてきた。
 
「あれ、親戚のお兄さんだろ。ラーメン屋探してたらホテル街に迷いこんじゃったんだよな。もう~ちゃんと説明してやれよ~」
「ワリぃ、佐藤、ウソついてた。あれがオレのセフレ」
 
佐藤の顔がさらに引きつった。
 
「ま、またまた~。結衣ちゃんと付き合ってるじゃ~ん」
「別れた」
「え?」
「とにかく、逃げも隠れもしねえよ。オレは女も男もイケる。相手は選ぶけど。黙ってて悪かったな」
 
佐藤の顔がクシャクシャになる。
 
「真島~。なんでそんなこと言うんだよ~。ウソだって言ってくれよ。オレ、そういうのどうしたらいいかわからねえよ~」
「別にどうもしなくていいよ佐藤。気持ち悪いと思ったら離れてくれていいし、関係ないと思ったらいつも通りにしてくれればいいし。好きにしてくれよ。オレはオマエのこと友達だと思ってるけど」
 
佐藤は本当に困った顔をして中田を見た。
 
「中田~。なんとか言ってくれよ~」
 
中田は顔色一つ変えずにこう言った。
 
「人のセクシュアリティにどうこう言う趣味はねえよ」
「セクシュアリ……何?」
「性的趣味。別に今時。お前が巨乳好きなのとおんなじだよ」
「おんなじなの?」
「オレがバックから突くのが好きなのと変わらねえよ」
「灰谷~」
 
佐藤はすがるような目で灰谷を見た。
 
 
「どういう目的でこんなことすんのかわかんねえけど。モテない野郎のヒガミだろ。女とも男ともヤれねえ童貞どもが!」
 
灰谷はオマエら全員ブチ殺すみたいな顔で吐き捨てるように言った。
 
灰谷が他人に対してこんなに悪い言葉を使うのを初めて聞いた。
 
佐藤がアワアワする。
 
「いや、オレも童貞なんだけど……」
 
 
バンッ!!
 
中田が黒板を叩いた。
 
「オマエら、今度オレの前でこんな下らねえ事やったら、オレの兄貴使って地の果てまで追いこむからな!」
 
中田の声がバシリと響き、教室内が凍りついた。
 
中田の兄貴はこの辺りじゃ有名な、いわゆる伝説の不良ってやつで、ヤクザの幹部になってるという噂があるほどだ。
その噂のお陰もあって、オレたちのグループは今まで面倒なことになったことがない。
本当はすっかり更生して、気のいいただの板金工なんだけど。
噂の効力は今でもかなり有効なようだった。
 
 
♪キーンコーンカーンコーン。
 
本鈴が鳴って、担任が入ってきた。
 
「オマエら席つけ~」
 
 
中田と灰谷の言葉で、とりあえず修まった形にはなった。
 
でも実際のところ、オレはクラスのヤツらにどう思われようと、どうでもよかった。
ただ可哀想なのは佐藤だった。
ドがつくほどのノーマルな佐藤には、中々受け入れにくいだろう。
悪いことをした。
 
これもオレの行動が招いた結果だった。
本当に自分が蒔いた種ってのは自分で刈り取らなきゃならないんだと実感した。
 
 
 
 
 
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