ナツノヒカリ 62
学校帰り、マジハイサトナカでファミレスに行った。
みんなカネを持っていなかったので、ドリンクバーを頼んで、甘いモノが食べたいという中田の意見でパンケーキを一つ注文した。
「灰谷。この後、付き合ってほしいとこあるんだけど」
「どこ?」
「チャリ見に行きたい」
「チャリ?なんで?カネ貯めてバイク買うんじゃねえの」
「ん~なんか貯まらねえし、とりあえずもう買っておくかと思ってさ。いくらぐらいかな?」
オレは『通学 自転車 値段』でググってみる。
「1万円代から3万円代か~。どうしよっかな~」
「いいぜ」
「あ?」
「オレのこと気にしてるんなら。毎朝迎えに行くぐらい別になんともない。もう慣れたし」
「いや~。そういうことじゃなくて。やっぱないと不便じゃん」
「まあな」
「あ、今日、明日美ちゃんとは?」
「ん?いいよ。断るし」
灰谷はすぐにスマホを開いて断りのメッセージを打ちはじめた。
「断わんなくてもいいよ。オレのは別にいつでもいいし」
「いや、いいよ。搾乳はいつでもできる。たまには真島孝行 しないと」
「なんだよ真島こうこうって」
「親孝行ならぬ真島孝行 ?つうか真島タカユキ?」
「タカユキ?」
「孝行って『タカユキ』って読めるじゃん」
「ああ。じゃあ、タカユキってくれ」
「オーケー。今日はオレ、タカユキるわ」
パンケーキを几帳面にナイフとフォークで切り分けていた中田がテーブルに突っぷして顔を伏せたままの佐藤の肩をパシリと叩いた。
「オラ、佐藤。顔上げろって」
「イタっ!」
「オマエ、いつまでそうしてんだよ」
「オマエらヒデエよ。中田も灰谷もさ~。なんでそんなに簡単にいつも通りなんだよ。オレはさ、オレは~」
「ごめんな、佐藤」
オレは言う。
「謝るなよ真島。オレはさ~。オレだってさ~。『なんでもねえよ。真島が男と寝ようが女と寝ようが関係ねえよ』って言いたいよ。でもさ、でも、そう簡単にさ……むぐっ」
中田が佐藤の口にパンケーキを押しこんだ。
「そうだよな、わかるよ童貞くん」
「ほうふぇい言うな」
「え?包茎?」
「中田オマエ……ホントにヤなやつ~」
もう一回オレは言う。
「ホントにごめんな佐藤」
「だから謝るなって真島」
「じゃあオレ、佐藤にタカユキるわ。バイト代出たらビッグマックおごるわ。好きだろ」
「え~真島、オレの純情を食欲でチャラにしようとするなよ」
純情……。
「できた」
中田がパンケーキをテーブルの真ん中に出す。
トッピングも含めてキレイに4等分されている。
まるで小さなケーキが4つあるみたいだった。
「さすがオシャレ番長」
「さすが杏子ちゃんの彼氏」
「いやあ~マジーにハイター、コレ(小指)が色々とうるさいもんで。ほら、サティも食べろって」
「う~」
「あっ、ウマっ。ウマいぞサティ」
「ホントだ。ウマいぞサティ」
オレと灰谷が盛り上げる。
「サティ言うなマジハイ。どれ?……うん。まあまあだな」
「シロップもっとかける人~?」
「は~い。って中田そういうことじゃなくて!」
ふう~っと息を吐き出したと思ったら中田が言った。
「佐藤オマエさ、さっきから何をそんなにウダウダしてんだよ。別に真島が男なら誰でもよくて、オマエを犯すって言ってるわけじゃねえだろ。あ、真島ゴメン」
「いや、いいよ。犯さないし」
「なんの話だよ~」
「だから、オマエがウダウダしてんのは何に対してウダウダしてんのかって聞いてんだよ」
「オレはだから~」
「言ってみろ」
「う~だから、真島が男が好きで……でも女も好きで……だからえーっと……オス猿とオス猿が~ピストンピストン……わかんねえ~。言えたら苦労しねえよ~」
「ごめんな佐藤」
「だから真島は謝るなっての」
「純粋だなサティは」
「純粋純粋」
灰谷とオレはうなずく。
「サティ言うな~」
「しょうがねえ、わかった佐藤」
「何がだよ中田」
「桜子 ちゃんのことだ」
「桜子ちゃんが何?」
佐藤がピクリと反応した。
「オレも頭から反対して悪かった。今後はオマエら二人に口出しはしない」
「ホントかよ!」
「ああ。真島にああ言った以上、オマエにも言わねえ」
「おう!やったー」
佐藤のテンションが一気にブチあがった。
「これでオレも、脱・童貞!」
中田の眼尻がピクリとした。
「佐藤、ただ一つだけ言っておく」
「なんだよぅ~同意ならいいんだろ。同意なら」
「オレの兄貴も桜子ちゃんのこと気に入ってるから、そこんとこは忘れるなよ」
「え?伝説の不良。中田のお兄さんが?」
「佐藤、オマエ気をつけろよ~」
「ホントだぜ佐藤。東京湾に浮かばないようにな」
オレと灰谷がチャカす。
「いや、だってお兄さん更生したんじゃ」
「更生はしたけど私怨は別だからな」
「しえん?」
「個人的な恨み」
「オーマイゴッド!」
*
中田、佐藤と別れて、超久しぶりに灰谷と二人で出かけた。
自転車屋で自転車を選ぶ。
「真島、決まった?」
「あ~これかなぁ」
「こっちのがいんじゃね?」
「黄色~?ハデだろ」
「でも、目につくから探しやすいじゃん」
「あ~でもな~男はだまってブラックじゃね」
「何それ?」
その後も、街ブラブラしながら店ひやかして。
服見たり、靴見たり、本屋行ったり。
ゲーセン行ったり。
楽しかった。
「ノド乾かねえ?」
「乾いた」
「マックでいっか?」
「うん」
灰谷が買ってきてくれるのを席に座って待つ。
そうそうこんなだったんだ。夏休み前は。
灰谷が明日美ちゃんと付き合うまでは。
こうやって灰谷と二人で遊ぶこと。
二人きりで遊ぶこと。
どうってことない日常で当たり前だって思ってたけど。
それすら当たり前じゃなかったんだな。
「おい。おい真島。お~い」
灰谷が顔の前で手を振っていた。
「あ?なんだよ」
「何ボーっとしてんだよ。ほい、アイスコーヒー」
「ああ。ワリぃ」
灰谷が笑った。
「なんだよ」
「オマエ、昔っから、たまにそうやって一人の世界に入っちゃうよな」
「はあ~そうか?」
「そうだよ」
灰谷がオレの顔を見つめた。
ドキン。
心臓が音をたてた。
ヤバイ。
久々に距離が近いし、一対一で逃げ場がない。
ヤバイ。
赤くなるなオレ。
つうかオレをそんな顔で見るな灰谷。
オレは灰谷が買ってきてくれたアイスコーヒーにクリームを入れてガラガラかき混ぜてチューチュー飲んだ。
「なんか、真島と二人で遊ぶのって久々な気がする」
「おお。そうだな」
「……やっぱ、オマエといんのが一番ラクで面白くて楽しいわ」
灰谷の言葉はオレの心にポトリと落ちて波紋のように広がった。
この言葉以上を欲しがるなんて、オレってなんて欲張りなんだろう。
今までどうやって気持ちを抑えてきたっけ?
なんか久々でわかんねえ。
でもなんか返さなきゃ。
「クサレ縁だな」
そう言うのがやっとだった。
「おお。そうそうクサレ縁」
嬉しそうに笑う灰谷。
その顔を見たら……。
ああ、ダメだ。
オレ、戻れる気がしない。
ただの親友に。
あんな事あったのに。
いろいろあったのに。
城島さんと別れて、結衣ちゃん傷つけて、母ちゃんに土下座させて。
あげくクラスのやつにバレて。
それなのに……まだオレ、思い切れてない。
いつか……きっと……暴発する。
「真島?」
「あ?」
「どうした。そんな顔して」
「オレ、どんな顔してる?」
「人殺しみたいな顔」
「え?」
気持ちが落ちていく。
「ワリぃ。冗談だったんだけど」
「うん。わかってる」
ヤバイ。灰谷が見てる。
「本当に悪い。大丈夫か」
「え?うん。大丈夫大丈夫。つうか、もうそろそろ帰ろっか」
「え?ああ」
ダメだ。離れないと。保てねえ。
オレはトレーを持って立ち上がった。
分かれ道でチャリを停める。
灰谷は右へオレは左へ。
ここのところ、いつも家まで送ってもらってたから久しぶりだった。
「じゃあな」
「おう」
離れようとしたオレに灰谷が声をかける。
「真島」
「ん?」
「オマエ、本当にもろもろ大丈夫?」
心配そうな顔。
「なんだよもろもろって。大丈夫だよ」
「そっか。ならいいけど」
「今日はタカユキってくれてありがとな」
「おう。んじゃな」
オレの肩をポンポンと叩いて灰谷が行く。
また例によって例のごとく、こっちを見ないで手を振って。
そしてオレは、人生で何回目になるんだろう。
灰谷の姿が角を曲がって見えなくなるまで眺め続けた。
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