空々と漠々 くうくうとばくばく

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ナツノヒカリ 63

 

はあ~。
 
久々の灰谷との二人になんだか異常に疲れた。
部屋に入るなり買った荷物をドサドサと床に落とし、ベッドに寝転がり、天井を眺めた。
 
 
『やっぱオマエといんのが、一番ラクで面白くて楽しいわ』
 
灰谷の言葉が頭の中で回っていた。
 
灰谷にとっては特に意味のないであろう言葉で、オレは、すぐに戻ってしまう。
 
 
『どうした。そんな人殺しみたいな顔して』
 
人殺し。人殺しか。
そうかも人殺しなのかも……。
自分の気持ちばっかで、周りをどんどん悪い渦に巻きこんでいく。
 
 
どこにも行き着かないこの想いをどこかに葬りたい。
 
 
 
こんな時、城島さんを思い出してしまう。
 
城島さんは今頃どうしているだろう。
あの部屋にまだいるのかな。
公園で会ったあの人は迎えに来てくれたのか。
本当の名前で呼ばれるようになったのかな。
それともまだ一人、あの部屋にいるのだろうか。
 
城島さんの空っぽの部屋。
はじめはなんだか落ち着かなくて怖くて仕方なかったけど、今は何もないあの部屋を思い出すと胸がシンとして心が落ち着く気持ちがするのはなぜだろう。
 
 
必要最低限しかない部屋。
自分の本当に一番大事なものがわかる部屋。
誰に煩わされることもなく思うがまま、ただ好きな人を想い続けられる場所。
 
オレにもそういう場所が持てるようになるだろうか。
 
 
「はあ~」
 
ため息ついて寝返りを打った。
すると、今まで気にもならなかったのに、あらためて自分の部屋の惨状が目についた。
 
 
――オレの部屋、キッタネーな。
 
 
脱ぎ散らかした服。
下に持っていくのがめんどくさくて、そのままのペットボトル。
読み終わった雑誌や本棚に入りきれずにはみ出した本が床を占拠している。
結衣ちゃんとのデートで買ったペアのぬいぐるみやら何やら趣味じゃないグッズの数々。
テレビの前に積み重なったCD・DVD・ゲームソフト。
机の上にもプリントやらなんやら。
モノがあふれかえっていた。
 
掃除、最後にしたのって、いつだったっけ?
母ちゃんがしつこく掃除しろって言うはずだわ。
 
 
つうかこの部屋……。
まるでオレの心の中みたいじゃね?
 
 
*
 
 
ときめく?ときめかない?
ときめく?ときめかない?
 
さっきからこの言葉を3秒間隔で唱え続けている。
 
 
「チーッス。真島~」
 
開け放したドアから灰谷が顔を出した。
 
「オマエ、何やってんの。泥棒にでも入られたか?」
 
オレはモノが散乱した部屋で洋服の山を前に乙女になっていた。
 
「ん。掃除。いらねえもん全部捨てようと思って。ほら、あれ、なんだっけ。銀シャリ、じゃなくて」
「あ~断捨離?」
「そうそう断捨離。ミニマリズムってやつ」
ミニマリズム!オマエ、モノ捨てられないじゃん」
「だ~か~ら~。それをやろうとしてるんじゃんか」
「なんで急に。座るとこねえんだけど。とおっ」
 
灰谷はかろうじてモノがないベッドの上の空きスペースにひらりと飛んだ。
 
「おっ、そうだ灰谷。そこらにあるマンガ、欲しいの持って行っていいぜ」
「マジ?おっ、ワンピース。ハイキュー!もある。いいの?」
「うん」
「売ったほうが金になるんじゃねえ?」
「んあ~。まあそうだけど。たいした額にならねえし。逆にオマエんちにあればいつでも読みに行けるしな」
「オレんちをマン喫にしようとしてんな」
「バレたか」
「まあでも、もらって行こう」
 
灰谷がマンガの山を漁り始めた。
 
 
さてさて、オレはまた乙女になろう。
 
 
洋服の山を前に腕組みするオレにさっき母ちゃんが授けていったのが、「信よ、乙女になれ」というありがたいお言葉だった。
 
つまり、三秒以内に、それがときめくか、ときめかないかを直感で判断する。
ときめかないモノは処分する、という前に流行った整理術だった。
 
オレはもともとモノが捨てられないタチだ。
 
そんなんでいいの?というオレに「考えすぎるからダメなんだって。直感。直感で選んで執着を捨てるのが大事なんだって」と母ちゃんは言った。
 
執着を捨てる……か。
それ、今のオレには大事かもな。
 
これまた修行……。
じゃないけど、とりあえず手近な所から、思い切ってやってみることにした。
 
 
ときめく?ときめかない?
ときめく?ときめかない?
 
洋服をふり分ける。
 
ときめきを問い続けるのって意外と疲れるよね。
 
オレのときめき感が試されるわけだし。
って、だから3秒なのか。
反射神経だな。
 
これ、ときめくをなんか他の言葉に置き換えられないかな。
 
ワクワクする?とか?
でもやっぱ、ときめきとワクワクは微妙に違うんだよな~。
 
ふう~。疲れた。
 
 
逆にこの部屋の中でときめくモノって何だろう。
 
オレは部屋を見回しながら考える。
 
 
ん~と。
 
1・2・3。
 
あるじゃん。目の前に。
 
 
灰谷はベッドの上でうつ伏せになり、長い脚を伸ばしてマンガを読んでいた。
 
裸足の足の裏。
7分丈のパンツからのぞくふくらはぎ。
意外とガッチリしたモモにケツ。
色気のある背中。
 
 
ときめく~。
 
……こいつさえいれば、他のモノなんて何もいらないんだけどな。
 
 
灰谷はカラダを起こして、壁に背をつけた。
 
締まった腹。
オレより太い二の腕。
長い指。
そんでシュッとした顔。
 
この顔、好きだな。
入りこんでる灰谷の顔。
 
ときめく~。
 
乙女全開。
 
オレの視線に気がついたのか。
灰谷が顔を上げてこっちを見た。
 
「どした?」
「別に」
 
オレは顔をそらす。
 
「手、止まってね?」
「うん」
 
 
でも、このときめきは手に入らないから。
絶対に手に入らないから。
だから余計にときめくのかもしれない……。
きっとそうなんだ。
 
なるほど。これが執着か。
 
ああ、ダメだオレ。
ダメダメだ。
 
 
 
 
 
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