空々と漠々 くうくうとばくばく

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ナツノヒカリ 76

 

「灰谷先輩、すいませ~ん」
 
店の奥で品出しをしているとレジに入っている立花友樹の声がした。
 
「何?……あっ」
 
灰谷を見てペコリと頭を下げたのは結衣だった。
 
「先輩、良かったら休憩お先にどうぞ」
 
ああ、そんな時間か。
店内の時計を見て灰谷は思った。
 
「ああ。じゃ、悪い。ちょっと抜ける。結衣ちゃん、表でいい?」
 
結衣は小さく頷いた。
 
 
店の前に出ると灰谷は制服の上着を脱いだ。
 
「バイト中にごめんね」
「いや、休憩だし。ここ、暑いね。あ、なんか飲む?」
「ううん。大丈夫」
「真島は今日、休みなんだけど」
「あ、うん。さっきの人に聞いた」
「そっか」
 
結衣はしばらくモジモジしていたがカバンから小さな紙袋を出した。
 
「……あのね、真島くんに返したいものがあって。これ、灰谷くんから真島くんに渡してもらえる?」
「いいけど」
 
それは灰谷の手のひらに乗る位の小さなものだった。
 
「多分、すごく大事なものだと思うから」
「わかった。渡しとくよ」
「うん。お願いします。あ、それと、灰谷くんて真島くんのお母さんと会うことある?」
「節子?あるよ」
「…あのね、真島くんのお母さんにね、丁寧な心のこもったお手紙頂いたの。お返事書こうかと思ったんだけどそれも違うかなって。ありがとうございましたって伝えてくれる?」
「うん。わかった」
 
結衣はもう少し何か言いたそうな顔をしていた。
 
真島になんか他に伝言でも……ってのもヘンか。
ええと……。
 
 
「じゃあ……」と結衣が言った。
「うん」
 
二、三歩歩いた所で結衣が振り返った。
 
「灰谷くん」
「ん?」
「あたしが言うことじゃないってわかってるんだけど」
「うん」
「真島くんの事、よろしくね」
 
そう言った結衣の顔は微笑もうとしているのだろう、でもそれが上手くいかずに泣き笑いのような表情になってしまっていた。
 
「うん」
 
灰谷は小さくうなずいた。
 
「じゃ……」
 
 
あ……。
 
急に雨が降り出した。
通り雨だろう。
 
結衣ちゃん、傘持ってないよな……。
 
灰谷は小さくなっていく結衣の後ろ姿を見つめた。
 
まるで結衣の涙雨のようだと思った。
 
 
明日美も結衣ちゃんも、オレ達にはもったいない位、良い子だった。
良い子達だった。
 
ごめんな。本当にごめんな。
 
自分勝手だとわかってはいたが、灰谷は心の中で二人にわびた。
 
 
 
 
「もしかして、真島先輩の彼女ですか?」
 
店に戻ると友樹が話しかけてきた。
 
「いや」
「元カノとか?」
「…ああ」
「そうですか。カワイイ人ですね。モテるんですね真島先輩」
「……」
「ちなみに灰谷先輩は彼女いるんですか」
「いないよ」
「そうですか。じゃあボク、立候補しようかな」
「え?」
 
灰谷は驚いて友樹の顔を見つめた。
友樹はいたずらっぽい目で見つめ返してきた。
 
「冗談ですよ」
「……ああ」
「じゃあボク、休憩頂きま~す」
「あ、行ってらっしゃい」
 
「はあ~」
 
レジに一人になると灰谷は深いため息をついた。
 
あんな冗談にも反応してしまうとは……。
真島の事といい、母ちゃんの事といい、なんかここ数日、オレの人生カオスだ。
 
 
店に客はいなかった。
 
あれ?雨やんだ?
灰谷は店の外に出て空を見上げた。
 
やっぱ通り雨だったんだな。
あっちの方もう明るいわ。
 
 
ん?あ!あれ。
 
ビルとビルの谷間の空にボワッとした半円がかかっていた。
今にも消えてしまいそうな淡い色の帯。
 
……虹?
……虹じゃね?
お~虹だわ~。
 
めったに見ることがないから認識するまでに時間がかかった。
紫青黄赤のグラデーション。
 
お~虹かあ~。
めずらし~。
 
(あっ、虹虹。虹出てる)
(ウソウソ。すごくな~い)
(ミキに教えてあげよう)
(早く早く)
(消えちゃう消えちゃう)
 
店先で雨宿りしていた同い年ぐらいの女の子達がスマホで電話をかけたり、写真を撮ったりしている。
 
 
灰谷はポケットからスマホを取り出し、電話をかけた。
 
あ~でもありゃあホント、すぐ消えちゃうな。
早く出ろ真島。
 
ブツッ……。
 
「真島……」
『お客様のおかけになった電話番号は電波の届かない場所……』
 
あ~そっか。
あいつ、連絡つかないんだった。
それにこの虹が見えるような所にいるのかも……。
 
灰谷は電話を切って、昨日から何度もしているようにメッセージを確認してみた。
灰谷が真島に送ったメッセージに既読は一つもついていなかった。
もちろん着信もない。
 
 
灰谷は空を見上げるとカメラのマークをタップして消えかけている虹を写し、送信ボタンを押した。
そしてメッセージを打ちこんだ。
 
『雨上がり。虹。』送信。
 
 
真島もどっかで見てんのかなあ。
 
そんなことを思いながら灰谷は虹が消えるまで見つめていた。
 
 
 
 
 
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