ナツノヒカリ 14
結局灰谷に電話することもできず、辺りをグルグル歩き回った。
いっそ忘れ物したって言って戻ろうか。
んで三人で遊ぶ方向に持って行くとか?
あんなに三人で遊ばないって言っといて?
明日美ちゃんだってヘンに思う。
いや、黙って二人の跡をつけようか。
で、そういうことしそうになったら電話するとか偶然を装って出て行くとか……。
尾行?それこそストーカーか!
ああ。
いや、ヤらねえって言ってたし灰谷。
んでも、ホントに明日美ちゃんから帰りたくないって言われてあいつに断れるか?
男なら断らないだろ。つうか断れねえだろ。
ああ~。
どうする?どうしよう。
とりあえず店に戻って……は見たものの、明日美ちゃんの姿はなかった。
灰谷来たんだ。
まあでもそんなに遠くには行ってないかも。
あ、でも地元で遊ぶとは限らないか。
駅?
ああもう。
イヤんなる。
オレにできることなんてないんだよ。
リスクを覚悟で告白でもするしか。
できんのか?
できないだろ。
ホントに想像力ってやつはやっかいだ。
家には帰れない。
じっとしていられない。
結局ぐるぐると二人が行きそうなところを歩きまわった。
入ったことのあるメシ屋、CDショップ、服屋、本屋、明日美ちゃんがいかにも好きそうな雑貨屋。
二人の姿はみつからない。
ぐるぐるぐるぐる。
何をしているんだと思うけどやめられない。
情けない情けない。
歩き疲れて最後に来たのは灰谷たちとよく行くゲーセン。
いないか。さすがに女連れじゃあ来ないか。
つうか、だからホントに見つけたとしてどうするっていうんだオレ。
シューティングデームを探す。
バンバンバン。
ああ、撃ち殺したい。
硬貨を積み上げ、片っ端から撃ちまくる。
死ネ死ネみんな死ネ。女死ネ。
死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ。
ゾンビみたいに殺っても殺っても起き上がってくるオレの気持ち死ネ。死ネ。死ネ。
もう……なんか……。
ゾンビにガツガツと食いつかれる。
……死んだ。
画面に大きく<GAME OVER>の文字。
できるならとっくにやってる。
殺して埋めて。殺して埋めて。何度も何度も。
でも立ち上がってくるんだゾンビみたいに。
――オレもヤっちゃえばいいのか。
不意にそんな考えが浮かぶ。
女と……違うな。
つうかヤられちゃえばいいのか。
男に……。
ヨゴレちゃえばいいんだ。
つうか男に抱かれて、それでヨゴレたことになんのかな。
それこそだたの性欲処理だろ。
ああ~。もう。
ゲーセンの中は空気が悪くて、雑音に満ちていた。
途方にくれるってのはこういうことを言うのかな。
動けない。どこへもいけない。
息をするたびに胸がイタイ。
成長期の女子か!
会心のツッコミ!
……。
笑えない……。
一ミリも笑えない……。
ゲーセンを出てフラフラと歩く。
家に帰るしかなかった。
でも、どうにも気持ちがおさまらない。
酒を飲もう。飲んで眠っちゃえばいいんだ。
目についたコンビニに入る。
手当たり次第にビールやらチューハイの缶をカゴにガンガン入れる。
レジに持っていくと店員がオレをちらりと見て「申し訳ございませんが未成年の方にはお売りできません」と言う。
イラっ。
オレだってオレみたいなのがレジに来たら同じこと言うと思うけど。
でも、イラッ。
「オレ、未成年じゃないんすけど」
「じゃあ身分証をお願いできますか」
いやそうだけど。酒ぐらい飲ませろや。
「ああゴメンゴメン。オレオレ。あとこれも足して」
背後から声がした。
見ればスーツ姿の若いサラリーマン風の男で、その男がカゴの中にチータラを入れてきた。
「身分証いりますか」
「いえ」
「童顔って言われててもさすがに十代には見えないよな」
男はオレの肩を叩いて笑いかけた。
さわやかな笑顔だった。
「チータラ好きなんだよ」
なんだこいつ。
「確認ボタンお願いします」
年齢確認のボタンを男が押す。
「二千百四十七円です」
「ああ、はいはい」
男は金を払うと『悪い。持って』とレジ袋をオレに持たせると先に歩き出した。
しょうがないから付いて行く。
男は歩みを止めない。
どこまで行くんだよ。
イライラし始めた時、公園に着いた。
男はベンチに座った。
そして、人懐っこい笑顔でこう言った。
「未成年だって酒飲みたい時もあるよね。ビールあったよね、ちょうだい。いっしょに飲もう」
缶を渡すと男はおいしそうにぐぅ~っと一気にあけた。
「プハーッ。君も飲めば?いいよ。飲みたいんでしょ」
しょうがなく男の隣に腰を下ろし、男にならってビールをぐぅ~っとあおった。
「プハァ~」
「いい飲みっぷり。いいねえ。なんかメシ食った?空きっ腹だと回るからさ、なんか食べながらのほうがいい……ってチータラしかないか」
男はチータラの袋をあけた。
「こうやってさ、チビチビ食べながら飲むとうまいんだよ」
オレは男をこっそり観察する。
細身のスーツ。こざっぱりして清潔な印象を受ける。
顔は整っていた。イケメンの部類に入るだろう。
背もオレより少し高かった。
手足が長くて顔が小さい。
背格好が灰谷に似ている……気がする。
そこはかとなく色気もあって女にモテそうだ。
「いいよ、好きなだけ遠慮なくやっちゃって」
男とオレは並んで酒を飲んだ。
元々オレはそんなに酒が好きではないし強くもない。
あいつらと集まった時にネタでたまに飲むだけだ。自分からは進んで飲まない。
一応未成年だしね。
男は酒に強いらしく、顔色ひとつ変えずに次々と缶を空にした。
オレは1本目のビールが中々減らない。
そんな様子を見かねたのか男が言った。
「ビールはさ、味わうんじゃなくて、ノドに流しこむ感じで飲むとウマイよ」
ノドに流しこむ?
こうか?
ゴクゴクゴク。
ん?
ゴクゴクゴク。
プハーッ。
あ、ウマイかも。
「ね?」
男はニコリと笑った。
「……っすね」
二人、たんたんと飲んだ。
どれくらいそうしていたんだろう。
「あ、ほとんどオレが飲んじゃった。ごめんね。足りないなら買ってくるけど?」
男が言う。
「いいです」
オレ、何やってんだ。見知らぬ男と公園で酒なんか飲んで。
灰谷はもしかしたら今頃。
今頃……。
「……いいよ、泣いても」
「は?」
「なんかさっき泣きそうな顔してたからさ、コンビニで。まあ誰にだって泣きたい夜くらいあるよ」
思っても見なかった言葉はオレの中にふわりと入ってきた。
つい、返していた。
「おっさんも?」
男は苦笑いした。
「おっさんって、まだ28だけどオレ。まあ、君からしたらおっさんか。いいよおっさんで」
男はくしゃりと笑った。
「おっさんも、泣いたりすんの」
「泣かないねえ~。泣かないわ。いや、泣けないのかな」
「おっさんになったら、泣けなくなるの」
「どうだろねえ」
男ののんびりした口調にオレの心が緩んだ。
「最後に泣いたのっていつ?」
「う~んとぉ……3年前かな」
「なんで泣いたの」
「ふぅ~」
男は小さく息を吐いた。
「……好きなやつが結婚した時」
「……フラれたの?」
「フラれたのかなあ。まあ元々ねえ~叶うはずもなかったし。そばにいられりゃよかったんだけど」
「他のやつに獲られたんだ」
「そうだねえ。まあそうなるんだろうなあ」
男はビールをグイッと飲んだ。
「告ったの?」
「いや」
「そんじゃ相手わかんないじゃん」
「いや、わかってたと思うよ。長い付き合いだからね」
「でも、ダメだったんだ」
「ダメだったんだろうなあ」
また、二人黙って、たんたんと酒を飲んだ。
しばらくして、ぽつりと男が言った。
「そいつにさ、子供ができたんだって。今日電話があって」
子供?
――もし灰谷に子供ができたら。
その前に結婚したら?
オレも泣くのかな。
その前に結婚したら?
オレも泣くのかな。
「ちゃんとオレに電話してくるんだ。他から聞く前にさ。そういう奴なんだよ。オレのこと受け入れられないのに突き放しもしねえの。生殺し……」
悲しみがぎゅっと凝縮した。
男はそれを飲みこんだ。
「……酒でも飲むかって」
「……うん」
「まあこういう夜もあるんだよ、きっと」
男は泣いていた。声も涙も出さずに泣いていた。
それがオレにはわかった。
なんだか泣けてきた。
男はオレの顔を見てビックリした顔をした。
「なんだよ、オレの話聞いてなんで君が泣きそうなの」
「いや、オレの未来だから」
「そっか、君も報われない恋をしてるんだ」
「恋?恋なのかな。これが?地獄だよ」
「そうだね、地獄だ。よく知ってる」
オレは思った。この人ならダメかな。
思い切って言ってみた。
「おっさん……男、抱ける?」
男がぽかんと口を開ける。
「なんでわかった」
「え?あ、じゃあ、もしかしてその相手って」
「うん。男だ。高校からの親友だ」
「……」
「そっかそういうことか。君も……。でも、初めてだろ」
「うん」
「初めてはやっぱ……」
「好きなヤツとできないんなら誰とヤったって同じだよ」
「……」
男が迷っている気配がした。
「おっさんがダメなら、他で探す」
男はため息をついた。
「……そうだな。……じゃあ……行こっか」
男が立ち上がった。
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