ナツノヒカリ 24
二日後のバイトのシフトは灰谷といっしょだった。
チャリで迎えに来た灰谷に玄関先で母が言う。
「灰谷く~ん。なんか久しぶりな感じがするわ~」
「そうすか?」
「灰谷くんなんか日焼けした?男ぶり上がってる」
ホントだ。なんか少し黒い。精悍な感じつうの?こういうの。
何日かぶりに見る灰谷は少し日焼けしていた。
明日美ちゃんと毎日相当出歩いてるんだろうなと思わせた。
このメラニン野郎め。
「焼けやすいから。節子は相変わらず白いね」
「日焼け止めしっかり塗ってるし美白してるのよ~。色白だけが取り柄だし」
「そんなことないでしょ。明るいし、メシうまいし、働き者だし、カワイイし」
「やだ信 。灰谷くんったら口がうまくなってる!」
スニーカーのヒモを結びなおしていたオレの背中を母がバンバン叩く。
「イタっ。ババア。叩くな」
「ババア言うな。もう~灰谷くんたら灰谷くんたら~」
下らねえ~。
まあでもホントに口がうまく回ってるっていうか。
これもお付き合い効果ってやつだろうねえ。
それにこいつのこのポーカーフェイスってウソ言ってるように見えねえもんな。
これでボケて、たまに大きな笑いをかっさらう時もあるしな。
この間の『搾乳依頼』とか。
ククク。
思わず思い出し笑い。
「信 、あんた何笑ってんの」
「笑ってねえわ。行ってきます」
「行ってらっしゃい。灰谷くん、夏休みの間も、もっと遊びに来てね」
「はい」
チャリでタンデムしてバイト先のコンビニへ。
こいつの背中も久しぶり。
特に待ち合わせもしてないのに、シフトに合わせてちゃんと迎えに来るとか。
さすがだよ。
役割果たすぜA型男子~ってか?
「あ~暑ぃ~アイス食いて~」
灰谷が無言でチャリのカゴからビニール袋を取ってオレに渡す。
「あ?」
「言うと思って」
ビニールの中にはアイスが入っていた。
ソーダ味で棒が2本刺さってるやつ。
こいつのこういうとこ!
もう~。
袋を開けたらボタボタと垂れた。
「……ってちょっと溶けてるし!」
灰谷は振り返って言った。
「あ~ワリぃ。オマエんち持って入ろうと思ったのに忘れてた」
このウッカリペーター!
「口開けろ」
「ん?」
アイスをパキッと2つに割るとふり向いた灰谷の口に1本つっこむ。
「んうっ。んまい。あ~でも垂れる~」
チャリ漕ぎながら手を使わずに器用に食べ進める灰谷。
残った半分をオレもかじる。
シャクシャク。
口に広がるソーダ味。
夏はアイスだ。ソーダ味だ。
こうやって来たのにな。
二人で一つのアイスを分けあって……って。
「あ~手、ベタベタ。おっ、いいお手ふきが……」
灰谷が振り返った。
オレは灰谷の背中に手をこすりつけるフリをする。
オレは灰谷の背中に手をこすりつけるフリをする。
「あ~オマエそういうことすんなよ。このシャツあんま着てないんだから」
あ?そういえばなんか新しいし、それに灰谷の趣味とは違うような……。
ブランドのポロシャツ?いつも夏はTシャツしか着ないのに。
――明日美ちゃんか選んだとか?もらったとか?
まるで……そう。彼女の両親と会ってもいい感じ?
「知るか」
オレはシャツに手を盛大にこすりつける。
「やめろって~」
「いいじゃねえか。気にすんな。わかんないよ」
「つうか普通にヤだろ、そういうの」
「オレ平気」
「オマエはな!ったく……真島が食べたいって言うと思って買ってきたのに」
わざわざオレのために?
アイス一本?
安いな友情って。
「灰谷のせいで手がベタベタなんじゃん。オラオラ」
「やめろって~」
コンビニについた時、オレと灰谷は険悪なムードだった。
冷蔵庫の裏からドリンクの補充をする。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
レジに立つ灰谷の声がここまで聞こえてくる。
オレはせっせとドリンクを入れる。
しかし久しぶりだってのになんでこんな感じになっちゃうんだよ。
灰谷が気を使ってアイスなんか買ってくるからだ。
全種類まんべんなく。手際よく。
段取りを考えてテキパキ働くのがオレは好きだ。
気を使って?ちげえか。
あいつの言葉にはウソなんてない。
それはわかってる。
オレが食べたいって言うと思ったから。
オレが喜ぶと思ったから。
きっとただそれだけ。
じゃあ『オレが喜ぶから、明日美ちゃんと別れてオレと付き合ってくれ』って言ったらあいつどんな顔するんだろう。
「いいぜ。オレも好きだったんだ、真島」……とかね。
な~い。
ないわ~。
じゃあもし、たとえば……。
『オレ、明日美ちゃんのことが好きなんだ。頼む灰谷、明日美ちゃんと別れてくれ。明日美ちゃんがオレに気がないのはわかってる。でも、オマエといる明日美ちゃんをオレは見てられない。頼む』って言ったとしたら……。
……別れるって言いそうな気がする。
たとえ灰谷が明日美ちゃんのことを好きになっていたとしても。
そんな風に思うのはオレのうぬぼれだろうか。
『男友達より女っしょ』とは絶対にならない気がする。
なんだオレのこの灰谷に対する信頼感。
盲目ってやつか。
違う。
ちゃんとあるんだよ。
オレはそれをわかってる。
だからそう、オレはこの信頼を失いたくない。
たとえそれがオレの独りよがりだったとしても。
余計なのはオレのこの恋情だ。
恋情?
なんかすんごい言葉出てきたわ、オレ。
恋情。
恋の情?
コレって恋か?
まあよくわからないけど。
これさえなければ、きっとずっと死ぬまで灰谷のそばにいられる……はずだ。
友達として。
城島さんの言っていたように世界は広い。
灰谷より好きになる人間、男でも女でも、ちゃんといるはずなんだ。
だから、乗り切らなきゃならないんだ。
そうしないと城島さんみたいに、何年たっても引きずることになる。
わかるけど……。
今のオレにはどうすることもできない。
どうにかできる気がしない。
裏口から外に出て、ゴミ置き場にダンボールをキレイに揃えて重ねる。
暑い。
何気なく見上げた空は真っ青で白い雲がモクモクしている。
『自分と向き合って相手と向き合って、その先へ』と城島さんは言った。
きっと何年も何年も、悩んで苦しんで、そしてある日、飛んだんだろう。
城島さんのあの夢の話を思い出した。
死刑台……。
死は決まってるのに、いつまで経っても刑は執行されない。
怖いな。
ガチャッと裏口のドアが開き、灰谷が顔を出した。
「真島、ドリンク補充終わった?そろそろ混むからレジ入れって店長が。真島?」
灰谷、なんでオマエなんだ。
なんで灰谷なんだ、オレ。
「わかった」
「どした?変なヤツ。オレの顔なんかついてる?」
「目と鼻と口がついてる」
「小学生か」
「あ、眉毛もついてる」
「下らね~」
前を歩く灰谷の背中を見て思う。
オレはまだ、新しい世界には踏み出せない。
オレはきっとまだ、このおなじみの地獄をさまよう。
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