ナツノヒカリ 83
幸せな夢だった。
今のオレが考えうる、最高に幸せな未来の夢だった。
目覚めた後も、何度も反芻して、現実だったらいいのにと乞い願うような。
それは朝の風景から始まった。
そこはオレの部屋だった。
「おい真島、起きろよ、遅刻するぞ」
「ん~」
布団をかぶってベッドで眠っていたオレ。
灰谷の声が上から降ってくる。
「お~い。オマエ朝イチで会議って言ってたろ」
どうやらオレ達はすでに就職しているらしい。
薄目を開けて布団の中からそっと覗き見ると、すでにスーツに着替えた灰谷が鏡に向かってネクタイをしめている所だった。
細身のスーツをパリッと着こなした灰谷はメチャクチャカッコよかった。
鏡ごしにオレの方をチラリと見て灰谷が言う。
「起きろ真島、遅刻する」
「ん~抱っこ~」
オレはベッドの中から腕をのばしてブラブラさせた。
「アホか、甘えんな」
「灰谷~おんぶ~」
「早く起きて顔洗えって」
「いやだ~」
オレはダダをこねる。
目覚めてから思い出すと赤面なんだけど。
夢の中ではいつもの事らしく……。
「信~灰谷く~ん、ごは~ん」
階下から母ちゃんの声がする。
「んも~毎朝毎朝しょうがねえなあ。一瞬だぞ」
「ん~」
灰谷がしゃがんでオレの前にYシャツで包まれたその広い背中を見せた。
オレはカラダを起こして灰谷の首に腕を巻きつける。
「よいしょっと」
灰谷がオレをおんぶして立ち上がった。
ギュッと腕に力を入れる。
フフフ。
オレの口元が緩む。
灰谷の背中。灰谷の背中。
自転車の後ろでいつも見てた。
見てるだけだった背中がココにある。
あ~気持ちいい~。
頬をこすりつけた。
ニオイを吸い込む。
洗たくしたてのYシャツと灰谷のニオイ。
「ん~落ち着く~」
「はあ~よしよし。マコトは重いね~」
棒読みの呆れた声で灰谷はオレのカラダを上下に揺すった。
おばあちゃんが背中の孫をあやすみたいに。
「起きたか?」
「……起きてない」
「起きたろ?」
「……起きたくない」
「落とすぞ」
「やめろ」
オレは腕に力を入れて灰谷の首に巻きついた。
「ホントに落とすぞ。3・2・1」
灰谷は抱えていたオレの足から手を離した。
オレは腕だけで灰谷の首にぶら下がる。
「おーい、首持ってかれる。痛いって~」
「う~」
腕限界……。
ドスン。
床に落ちてケツを打った。
「イタタ。マジで落とすな」
「でも、目、覚めただろ」
「ん~」
「おはよ」
オレ達は軽くキスを交わす。
「節子、呼んでるぞ。すんげえ寝グセ」
灰谷がオレの頭をグリグリする。
オレは灰谷の手を取って手の平にキスをする。
「やめろ~」
少しテレたような灰谷の顔を見て満足して、オレはあくびをしながら立ち上がる。
「いただきま~す」
スーツ姿のオレと灰谷、そして親父が母ちゃんと食卓を囲んでいる。
オレの実家で四人で暮らしているらしい。
「さっきスゴイ音がしたけど。大丈夫?」
「あ~、灰谷がおんぶしてたのに足を離すから床に落ちた」
「真島が起きないからだろ」
「だって眠いし」
「んも~いつまで経っても、子供みたいに起きれないんだから~灰谷君ごめんなさいね」
「いえ」
親父が箸を置いた。
「灰谷くん」
「はい」
灰谷も箸を置く。
「マコは…………君に頼む」
目一杯タメてから親父は言うと、頭を下げた。
灰谷がテーブルの下でオレの手を握る。
オレたちの左手の薬指にはペアリングが光っていた。
「はい。頼まれました」
灰谷が親父に向かって頭を下げた。
母ちゃんが嬉しそうに笑っている。
オレの胸がじんわりと暖かくなった。
「行ってきま~す」
出勤するオレと灰谷と親父を母ちゃんが見送る。
「あんたたち、今日の夜、帰ってこないんでしょ?」
「うん。記念日だから外でメシ食って泊まってくるわ」
オレは答える。
「灰谷くん……マコを……マコを……」
親父のギャグのタメが長い。
「はい。もういいから。遅刻する」
二人の背中を押して外に出る。
「行ってらっしゃ~い」
玄関先で母ちゃんが手を振った。
カチン。
ホテルの部屋でシャンパンのグラスを合わせる。
今日はオレと灰谷の記念日だ。
二人で一生一緒にいようと決めて、指輪を交換して、お互いの親に宣言した。
それから……。
「もう一年か。早いな」
「だな」
オレは灰谷の顔を見つめる。
もう何十年も眺め続けてきた大好きな灰谷の顔。
「灰谷」
「ん?なんだチューか?」
甘えたオレの声でオレの表情で灰谷はわかってくれる。
オレの頬を優しく撫でる灰谷の手。
オレに向けられる愛しげな眼差し。
そして熱い唇。
口づけを交わす。
「灰谷、好きだ」
「オレもだ真島」
唇を合わせながら息継ぎの合間にオレは言う。
「……好き……好き……」
まるで今まで言えなかった分を取り戻そうとでもするように。
オレを抱きしめる灰谷の腕の力が強くなる。
オレも負けずに力を入れて灰谷にカラダをくっつける。
「真島……真島…」
「灰谷……灰谷……」
オレは灰谷を求める。
早く。早く。
もっともっと。
隙間がなくなるほどもっとピッタリとオマエとくっつきたい。
「オマエ、がっつきすぎ。夜は長い」
「がっつかねえと。夜なんてオレたちならあっという間だろ」
オレの言葉に灰谷が笑う。
広い広いホテルのフカフカのベッドにオレたちはなだれこむ。
笑って、でもキスをくり返しながら互いの服を脱がせ合う。
灰谷がオレを押し倒し、首筋に胸に腹にキスをする。
「灰谷……」
オレは灰谷の首に手を回して顔を引き寄せ、ギュッと抱きしめる。
この重さ。
オレのカラダにかかるこの重さが愛しくてたまらない。
何度抱き合っても心が震える。
そしてキス。
オレの口中を灰谷の舌が動き回る。
オレたちは飽きることなく何度も何度も互いの舌を吸う。
「灰谷……」
「ん……」
灰谷とカラダの上下を入れ替える。見下ろした灰谷の顔は色っぽい。
オレはチュッと口にキスすると胸から下へキスを下ろし、灰谷のペニスに舌を這わせる。
灰谷のイイところだって知っている。
オレは全体を咥えこんで舌を使って上下に扱く。
優しくオレの髪を撫でる灰谷の手の感触。
「ん……んっ……」
モレ聞こえる灰谷の声がエロい。
口の中で大きく固くなる。
感じてくれてるのが嬉しい。
オレは夢中でしゃぶる。
「真島、もういい……」
灰谷が切羽詰まった声を出す。
押し倒され、足を広げられ、付け根に小さなキスを落とされる。
手で前をしごかれて後ろには灰谷の舌が這う。
「はぁ……や……」
気持ちよさに腰がゆれる。
「ん……灰谷……イッちゃ……から……」
オレの声は甘くかすれる。
舌から開放されるとそこに指が入れられ、出し入れされる。
「あっ…ん……ん……」
腹の裏側を灰谷の指がこする。
「はあぁ……」
オレのペニスがビクリとはねて、あふれだす。
キュウキュウと快感が集まる。
灰谷の口がオレを咥えてスライドさせる。
……気持ち、イイ。
「あッツ……」
耐えきれずにぬるぬるして暖かい灰谷の口の中に射精する。
「灰谷……ごめっ……出ちゃった……」
手を伸ばして灰谷を引き寄せれば口元をぬぐう灰谷の顔が男らしくていやらしい。
「真島」
すぐに舌を絡めたキスが来る。
灰谷の首に腕を回してギュっとしがみつく。
灰谷の立ち上がったペニスがオレの腹にあたる。
「真島……真島……」
耳元でささやかれる低く甘い灰谷の声。
オレは灰谷の頭を抱きしめる。
「灰谷……灰谷……早く……」
熱い灰谷のペニスが穴にあてがわれた。
期待でオレはぶるりと震える。
灰谷がゆっくりゆっくり入って来る。
「あっ……あっ……んッ……んあッ」
灰谷でオレの中がいっぱいになる。
オレを満たしてくれ。
何も考えられないくらいグチャグチャに溶かしてくれ。
「灰谷……灰谷……」
ハッ……。
もやりとした甘い空気に包まれて、オレは目を覚ました。
すでに日は暮れていて部屋の中は暗かった。
そんな……夢。
妙にリアルな……夢。
はあ~。
オレはため息をついて、熱いカラダを撫でた。
洗面台で履いていたパンツを洗った。
母ちゃんと親父に認められて、オレの部屋で一緒に暮らして。
記念日にホテルでお祝いして。
オレたちは愛し合う。
オレの心の奥深くにしまっていた願望をすべてぶちまけたような最高に幸せな夢だった。
洗ったパンツをベランダに干す。
月が出ていた。
キレイな大きな丸い月が。
灰谷。
灰谷。。
灰谷。。。
オレは心で念じる。
灰谷、見ろ。
空……今すぐ見ろ……。
月、すんげえキレイだ……。
月、すんげえキレイだ……。
灰谷……月……月……。
小学生の頃みたいに言わねえかな。
『ああ、真島だったのか。なんか誰かが話しかけてんなと思ってさ』って。
灰谷もどこかで見ていたらいいのにと思いながら、オレはしばらく月を眺めていた。
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