ナツノヒカリ 37
灰谷はオレの言葉を無視して、電話をかけはじめた。
「あ、明日美?オレ。みんなで海行かないかって言ってんだけど……うん。
で、結衣ちゃんもいっしょにどうかな。真島も来るし……行ける?」
つうか行くって言ってねえぞオレ。
「うん……うん……わかった。じゃ、あとで。はい。大丈夫だって海。結衣ちゃんも」
「うお~じゃ、みんなで行こうぜ。海海」
佐藤が盛り上がる。
「つうか何勝手に決めてんだよオレ行かねえって」
「それより真島、セフレって」
「言わねえ」
「秘密主義~」
「オマエがあけっぴろげすぎんの」
「オープンマインド。ミスターマジマ。リピートアフターミー。オープン……」
「言わねえって!」
あ~なんだ灰谷のやつ、マジむかつく!
「なんだよ。オレだけノケモノかよ。どうせオレはラスト童貞だ!!」
「ってオマエ、ラストサムライみたいに」
「おっ、中田のツッコミめずらしい」
言うだけ言うとすました顔でまたマンガを読んでいる灰谷。
なんなんだろう。いつもならこんなこと言うやつじゃないんだけどな。
こいつ何を考えてるんだ。
突然オレに女紹介するとか。
自分がうまくいってるから、オレにもあてがおうってわけか?
チクショー。
「海海~。やっぱ湘南?江ノ島?何時集合。つうか杏子ちゃんと桜子ちゃんに行けるか確認してよ中田」
「ああ」
「夏を楽しまなきゃだぜ、真島!」
肩を叩かれた。
夏を楽しむ……か。
城島さんも同じこと言ってたな。なんであんなこと言ったんだろ。
城島さんが夏を楽しむ――。
あの人はそもそも人生を楽しもうって感じがない人だ。
一人で抱えて、自分に厳しくて。
そして……オレに甘い。
甘くて甘くて溺れてしまいそうになる。
離れられなくさせる。
でも……それもリセットしたいのかもしれない。
オレとのことを再設定しなおしたいのかもしれない。
その為に時間が必要なのかも。
そんな気がする……。
城島さん。
眠れる森の美女のように。
何もかも捨てて、空っぽの部屋で目を閉じて夢を見ている。
その夢はものスゴイ悪夢だけれど。
いつか王子が現れてそのキスで目覚めることはできるのだろうか。
その可能性は多分、極めて低い。
でも信じてるんだ、きっと。
0.00001%の確率でもゼロじゃないから。
そういう奇跡みたいな瞬間を探してる人なんじゃないかって気がする。
究極のロマンティストなのか。狂ったマゾヒストなのか。
しばらく、城島さんがいない。
夏休みはまだ終わらない。
それにしても灰谷のやつ……。
*
佐藤の家からの帰り道。
中田と別れて、オレを乗せるでもなく、先に帰るでもなく、自転車を押し、黙って歩く灰谷。
その灰谷の背中にオレは言った。
「なんであんな話すんだよ」
「何がだよ」
「セフレとか」
「いいだろ、セフレの話ぐらい。なんか問題あっか?」
「……ねえけど。佐藤に悪いだろ」
「佐藤なんか気にしてねえくせに」
聞こえるか聞こえないかの声で灰谷は言った。
「何がだよ」
「なんでもねえよ」
つうかなんでこっち見ねえのこいつ。
「何、絡んでんだよ?」
「絡んでねえよ」
「おい灰谷」
前を向いたまま。
「灰谷って」
オレの方を見ない。
「灰谷!」
灰谷が止まった。
「言いたいことあるなら言えよ」
「……」
「聞きたいことあるなら聞けよ」
「……」
灰谷はこっちを向かない。
「……ねえよ」
「絡むぐらいならオレに聞けよ、なんでも答えてやっから」
「聞きたくねえよ」
「は?」
「聞きたくねえつってんの」
「つうか聞けよ」
「それ以上なんか言ったらただじゃおかねえぞ」
「ただじゃおかねえってなんだよ。オマエなあ……」
その時、灰谷が振り向いた。
その――顔。
こいつ……もしかしてわかってる?
城島さんが親戚じゃなくて、オレの言うセフレだって?
そうなのか?そうなのか灰谷。
にしたってオマエ……。
「オマエ、こないだと言ってること違うじゃん」
「……」
「オレがなんでも構わないんじゃなかったのかよ。一番の親友だってのは死ぬまで変わらないんじゃなかったのかよ」
「変わんねえよ。変わんねえけど……」
「変わんねえけどなんだよ」
「……なんでもかんでも話せばいいってもんじゃないだろ。オレも、聞かねえし」
受け入れられないってことか。
受け入れられないから聞きたくないってことか。
「……だな。オレもオマエも、もうガキじゃないんだし。いつまでもおんなじ方ばっかり見てもいられないわな」
「……ああ」
「よくわかったわ」
オレは回れ右して、灰谷から遠ざかった。
まあそうだよな。
灰谷だってノーマルな男だ。
気持ち悪いよな。
親友が男とヤってるかもなんて。
聞きたくないよな。
オレの口から聞かなければ、知らなければ、それはなかった事なんだろ、オマエの中で。
でも、割り切れなくて絡んできたんだ。
オレ、いくらでもウソついたのに。
じゃなきゃ気持ちワリぃって言ってくれりゃあよかったのに。
あんなこと……言ってくれなきゃ良かったのに。
そうしてくれたら、こんな、最悪な気分にならなかったろうに。
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