空々と漠々 くうくうとばくばく

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夢で逢えたら 4

 

蛍光灯が瞬いて点いた。
 
誰もいない深夜の教室は昼間と違いちょっと寒々しく、よそよそしく見える。
 
 
灰谷が自分の使っていた机を撫でる。
 
壁際の一番後ろ。
オレがいつも見てた席。
 
「まだあるんだな、オレの机」
「あるよ。あるに決まってるじゃん」
「真島、オマエ自分の席、座れ」
「なんで?」
「いいから」
 
オレは自分の窓際の席に着く。
 
「こっち見るな。窓の外見てろ」
「ん?」
 
言われた通り窓の外を見る。
 
なんだ?何か見えるのか?
見えないけど。
ん~?
 
気がつけば窓にはオレと灰谷しかいない教室が映っていた。
外が暗いから鏡みたいにキレイに映って見えた。
 
「オマエ、授業中よく窓の外見てたよな」
 
灰谷が机に頬杖ついてオレを見つめている。
 
「オマエの後ろ姿。いつも見てた」
「知らなかった」
「そりゃそうだ。気づかれちゃ困る」
 
オレはふり向いた。
 
「言っただろ、オマエがオレを見てない時に見てたって」
 
 
オレたちは見つめ合った。
目を合わせることのなかった教室で。
 
灰谷のオレを見つめる熱く強い視線に胸が苦しくなった。
 
席を立って灰谷の前の席に灰谷の方を向いて腰掛ける。
 
両手で頬杖をついて灰谷の目をのぞきこむ。
灰谷がオレの手首をつかんだ。
 
オレたちは口づけを交わす。
はじめはゆっくりそして性急に。深く。深く。
 
切なく甘く熱い想いに身を焦がしながら。
 
目を開けると灰谷が見つめていた。
どうして目を閉じちゃうんだろう。
 
「だからエロい顔するなって…」
「させてんの灰谷だろ」
 
そういう灰谷の顔だってエロい。ズルい。ドキドキする。
 
「灰谷」
「ん?」
 
灰谷の鼻にかかった甘い声。
 
「…痛い」
「え?」
「手首」
 
灰谷があまりに強く握るから。嬉しいけど。
 
「ごめん。大丈夫か」
 
オレの手首を心配そうに撫でる。
 
「大丈夫」
「ヤベぇ、興奮した」
「オレも」
 
お互いちょっとテレる。
 
 
「おっなんかある」
 
机の中に手を突っこんで灰谷が言う。
 
「ミルハニのシークレット!」
「好きだろ」
「うん」
 
灰谷はボトルキャップフィギアを手のひらに乗せて下からのぞきこみながら言う。
 
「やっぱこの角度エロー」
Tバック撫でんな。ヤらしいな」
 
灰谷はしばらく眺め回していたが、そっと机の上に置いた。
 
「でもなんかあれだな。欲しい物って手に入ると意外とそれだけで満足しちゃうってことあるよな」
 
なぜだろうカチンときた。
 
「…それってオレのこと」
「は?何が?」
「オレは手に入ったからもういいってこと?」
「?なんでそうなるんだ」
 
言ってはいけない言ってはいけない。そう思うんだけど止まらなかった。
 
「なんでもっと早く会いに来てくれなかったんだよ!灰谷はオレのものなのに、なんでそばにいないんだよ」
 
ダメだ。止まらない。
 
「学校に来ると、教室に入ると、お前の姿を探しちゃうんだ。
 メロンパン食べると思い出すんだ。
 あのコンビニにさ、行けなくなっちゃたんだ。
 毎日何時に寝ても二時過ぎになると目が覚めるんだよ。
 そして耳をすますんだ。玄関のチャイムが鳴るんじゃないかって。
 『真島、オレだよ』って灰谷の声が聞こえるんじゃないかって!」
 
一気に、まくしたてていた。
何これ?オレの情緒何?おかしい。
 
 
灰谷は悲しげな顔でオレを見つめていた。
そして、フウーッとため息みたいに大きく息を吐いて立ち上がった。
そしてオレに背を向けた。
 
 
「ホントはもう、現れないつもりだったんだ」
「なんでだよ」
「だってよ、またあの世で会おうぜみたいなこと言っといてはずかしいだろ。…いや、違うな。つうか…オマエは生きてんだし」
「なんでだよ。なんでそんなこと言うんだよ。いつでも会いに来てくれよ。夢だって幻だってなんだって構わないよ」
「そう…言うと思ってさ。…オマエはそう言うと思ってさ」
 
 
灰谷がふり返った。
 
「灰谷」
 
オレは灰谷に抱きついた。
灰谷は受け止めてくれる。
 
「灰谷 灰谷」
「…オレ、もうそばにいてやれないからさ」
「なんで、なんでそんなこと言うんだよ」
「真島、オレのことなんか忘れて近くにいる人間を大切にしろよ」
「何言ってんの?」
 
「七瀬のことなんか、気にすることないだろ」
「なんだよそれ。オレはヤキモチも焼いちゃいけないのかよ」
「だから、意味ないって言ってんだよ」
「意味なんてオレが決めるよ」
 
灰谷がオレの頬を優しく包みこんで目の下に優しくふれた。
 
「泣かせたいわけじゃねえんだけどな」
「灰谷がヘンなこと言うからだ。何度も言ってるだろ。忘れない。忘れられないって」
「それは嬉しいよ。真島の中にオレがいるのは。でもさ、オレがいなくてもメシ食ってくれ。眠ってくれ。ガリガリじゃねえか」
 
灰谷はオレの手をつかんで強く握った。
 
「もうちょっと周りを見てくれ。心を閉ざして生きないでくれ」
「灰谷が悪い。オレを連れていくって言ったのに。連れてってくれないから」
 
灰谷はオレの顔をつらそうな表情で見つめた。
そしてため息をついた。
 
「はあ。やっぱ来るんじゃなかった。まだ早すぎた」
「やめろよ、そんなこと言うの。言わないでくれよ」
「生きてくれよ、真島。オレの分までさ。おいしいもの食べて、キレイなもの見て、人とつながって、心を震わせて生きてくれよ。そうじゃないとオレがつらい」
「…灰谷がいないのに?」
「そうだよ。オレがいなくても」
 
はあ~。オレはため息をついた。
涙がポロポロとこぼれ落ちた。
 
「オマエがそんなにメソメソしたやつだとは思わなかったよ」
「悪かったな、元々オレはこんななんだよ」
 
オレは灰谷に背を向けてしゃがみこんだ。
 
 
「おい」
「…」
「おいってば」
「…」
「おら、行くぞ」
 
灰谷が腕をひっぱる。
 
「どこ行くんだよ」
「いいから来い」
 
 
 

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