空々と漠々 くうくうとばくばく

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〈はじめて〉の話。 1

 

これはオレの初体験。

 

〈はじめて〉の話。

 

 

いつ?

高校二年の夏のおわり。

 

どこで?

そのころ一人暮らししていたオレのアパートの部屋で。

 

誰と?

アイツと。

 

誰と?

オレのことを大好きなアイツと。

 

誰が?

アイツのことを大好きなオレが。

 

 

 

ピンポーン。ピンポーン。

 

 

ん~。

 

 

ピンポーン。

 

 

眠りをこじ開ける音がする。

 

 

ん~。

 

 

ピンポーン。

 

 

玄関のチャイムが鳴っている。

 

いやいや眠い。誰だよ。ん~。

 

 

ピンポーン。

 

 

無理やり目を開けて時計を見れば午前二時すぎ。

 

こんな時間に誰だ? 中田? 佐藤?

 

一人暮らしをしているオレのアパートの部屋は、夏休みの間じゅう、あいつらとのたまり場になっていた。

親が仕事の都合で海外赴任。

オレは一年間と期間限定の一人暮らしを満喫中。

 

そこに来て夏休み。

高二男子三人、そりゃハジケるでしょってことで遊びまくって、気がつけば夏休みも残り数日。

 

ハッっと我にかえった。

宿題…手付かず!

 

三人で手分けして取りかかったものの、終わらない終わらない。

明日が始業式という八月三十一日、日付の変わる前になんとかカタがついた。

 

「また明日学校でな」と二人と別れて、久々に一人になってから約二時間。

 

学校っつうか早起きダリぃーと思いつつ、テレビを見ながらウダウダしていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 

 

ピンポーン。

 

あいつらじゃ…ねえよな。

だとしたら、こんな時間にオレを訪ねてくるのって他に誰?

 

いないよな。

 

 

 

 

ピンポーン。ピンポーン。

 

 

チャイムはやまない。

 

 

ピンポーン。ピンポーン。

 

 

ん~なんか怖いし、このまま帰ってくれないかなあ。

 

 

ピンポーン。

 

 

オレの部屋にはインターホンがついていない。

リモコンでテレビを消音にして、何かあったらすぐ通報できるようにスマホをにぎりしめ、音を立てないようにして玄関に近づく。

 

ピンポーン。ピンポーン。

 

その間にも規則正しく、でも執拗に押されるチャイム。

 

怖いよ~。

ああ、なんか心臓がバクバクする。オレ、怖がりだから、こういうのダメなんだよ。

 

勇気をふりしぼってドアについてる、のぞき穴からそっと外を見る。

 

 

……誰もいない。

 

怖っ!ホラー?

え?帰ったの?

 

どうしたものかと思っていると、そこにまた…。

 

 

ピンポーン!

 

ピンポン!ピンポン!ピンポン!

 

 

今度は立て続けにイライラとチャイムが連打された。

 

こっ怖い。警察ー。

 

 

その時、ドアの向こうから声がした。

 

『おーい真島、いるんだろ』

 

え?この声…ウソだろ。

 

『おーい』

 

もう一度のぞき穴をのぞいてみると、そこにいたのは灰谷だった。

 

 

灰谷?え灰谷?なんで灰谷がオレんちに?

夢…幻…ああ妄想か……ってオレ起きてるって!

 

 

『おい真島、いんだろ?電気のメーターくるくる回ってるっつーの』

 

電気のメーターって、取立てのヤクザじゃないんだから。

つうかなんで灰谷がオレんち知ってるの。つうかなんでいるの。

 

『つうかつうか言ってんじゃねえよ。いいから開けろ』

 

え、声出てた?いや、出してないよ。つうか…え~??

 

『おーい、とりあえず開けろ』

 

ジレたような声がする。

 

 

チェーンをはずし、カギをあけ、恐る恐るドアの外をのぞきこめば、やっぱり灰谷だ。

クラスメイトの灰谷がなんだか険しい顔をして立っている。

 

 

灰谷はオレを、ひとにらみして言った。

「真島、オマエ遅いよ開けるのが」

 

言うなりズカズカと部屋に上がりこんできた。

 

 

何。つうかなんなの。

 

灰谷は振り返り、オレの困惑を見透かしたように口の端を上げてニッと笑い、こう言った。

 

「オマエのあだ名なんだか知ってる?」

 

は?あだ名?何それ?

 

「マジマジックリン?」

 

ツレの佐藤がたまにオレのことをこういう風に言う。小学生並みのあだ名。

 

「ちがう。オレの中で」

 

灰谷の中だけでなら、わかんないよね。

 

「…ツーカーだ」

「つーかー?」

「オマエよく言ってるじゃん。『つうかなんなのそれ』『つうかマジで』とかって」

 

ああ。それでさっきの。

つうかオレにあだ名なんかつけてんの。

ああ確かに、つうかって言ってる。

って、いきなり何?

 

「つうか…あ!」

「な?」

 

灰谷はホレ見ろというようにニヤニヤ笑った。

 

「うぁー…んー…で、どうしたの?こんな夜中に。よくオレんち知ってたね」

「クラスで有名だもんオマエんち。親が海外赴任中でアパートに一人暮らし。自由でいいよな。エロ本エロDVD置き放題だろ」

 

ああ!それで?それでか。納得納得。だよな。

 

「で、何?それ見に来たの。こんな遅くに。明日から、いや日付変わったからもう今日か、二学期だっつうのに?」

「いや。まあそれもいいけど時間ないわ。つうかのど渇いた。なんかねえ?」

 

冷蔵庫を開ける。

 

自分だってつうかって言ってるじゃん。

つうか元々灰谷の口癖だから、つうかって。

灰谷のほうがツーカーだよ。まあ言えないけど。

 

「麦茶とコーラどっち」

 

コーラに決まってるけど一応聞いてみる。

 

「コーラ。麦茶なんか入れてんの。庶民的~」

 

悪かったな庶民的で。庶民ですよ。夏は麦茶だろ。ムカッ。

 

「はい」

 

ペットボトルを渡す。

 

「おっペプシ。サンキュ」

 

オレはグラスに自分の分の麦茶をそそぐ。

灰谷はキョロキョロ物珍しそうに部屋を眺めている。

 

「あ!これ、ミルハニじゃねぇ?」

 

テレビの前に並べていたペプシのおまけを見て灰谷が言う。

ボトルキャップの上にフィギアがくっついてるヤツ。

 

「しかも、シークレット!」

 

ミルハニというのは格闘ゲームのキャラクター「ミルク&ハニー」のことで、女の子キャラの二人組。

ロリータ顔に巨乳、ミニスカちらりでゴツイ男のキャラを二人で倒していく、らしい。

よく知らないけど。

 

「すげえシークレットのミルハニ、二つとも揃ってんの?これさえあればオレ、フルコンプリートなんだよ。うおっ白じゃなくて赤いTバック。うぉっこの角度エロっ!」

 

灰谷はフィギアを下からのぞき込み、Tバックのラインを撫でる。

手つきっつうか指先がヤラシっ!

 

「これ出ねえから、うちの冷蔵庫ペプシばっかりだよ」

 

こんなにテンション上がるもの?巨乳とミニスカとTバックで。

 

 

「…やるよ」

「え?いやだって、シークレットだぜ?」

「うん。いいよ」

 

本当のこと言えば灰谷が集めてるって小耳にはさんでペプシ買うようにしてたら、たまたまゲットしたやつで思い入れとか全然ないし。

 

「ああ…まあ…でも、いいや」

「フルコンプリートなんでしょ」

「う~ん。まあそうだけど。もういらねえし」

 

灰谷はちょっと淋しそうな顔をして、フィギアを元に戻した。

なんだそれ。やるつってんのになんでそんな顔すんだよ。

 

「ふう~ん。じゃあやんねえ」

 

オレが言うと、灰谷はオレの顔を見てなんだか嬉しそうに笑った。

 

な、なんだよ。なんでそんな風に笑うんだよ。

い、いたたまれない。

 

「へえーこんななのなオマエんち。モノ少ねぇ~」

 

風呂とトイレが別なのだけが取り柄のなんてことないワンルームで、必要最低限の物しか置いていない。

大きなものはベッドにテレビに机、本棚ぐらいで、あとのモロモロは押し入れに突っこんである。

元々物欲はあんまりないし、どうせあと半年もしたら両親が帰ってきてまた一緒に住むことになってる。

 

ふいに、いま灰谷と二人きりでいることに気がついた。

学校以外で。しかもオレの部屋で。

 

制服じゃない私服の灰谷。

黒いTシャツに細身のデニム。

ただそれだけなのに、カッコイイ。

 

「いいじゃん。落ち着くな」

 

そう言って灰谷はペットボトルのフタを開け、ペプシをゴクゴクと飲んだ。

 

長くて男なのにキレイな指。

一重で切れ長の目。通った鼻筋。薄い唇。上下する喉仏。

すらりとした長い手足と細い腰周り。

でも意外とガッチリした尻から腿の流れ。

 

見てるとたまらない気分になる。 

なんて言うんだろうカラダにまとった空気が色っぽいっていうのか。

オーラ?フェロモン?わかんねえ。

エロい。

 

特に今日はなんかキラキラしてる。

ってなんだキラキラって。

あーなんだ?カラダの中心がモヤモヤする。

モヤモヤモヤモヤする。

ってダメだ。意識するなオレ。顔が赤くなる。

 

ふいに灰谷がこっちを見た。

しげしげとオレを見つめる。

 

え?何何?オレのイヤラシイ視線に気がついたとか?

 

「へえ…うちじゃそんなカッコなんだ」

 

え?オレいまどんな服着てたっけ。

着古したサイズのデカイTシャツに薄手のスウェット。

おわっ。ダセエ。

いやだってクタクタのTシャツってカラダになじんで気持ちいいし、さっきまで必死で宿題やってたし。

部屋着ってこんなもんじゃないの。

いや灰谷が来るってわかってたら、ちゃんとしてたけど。

つうかだからなんで灰谷がオレんちに?

 

ん?気がつけば灰谷がオレの真ん前にいる。

灰谷の方が背が高いから、思わず見上げる感じになる。

 

「寝てただろ。寝ぐせついてんぞ」

 

灰谷がオレの髪をツンツンとひっぱる。

 

うおっ何これ?灰谷が俺に触ってる!

な、何これ。距離が近~い。

 

 

♪テトテンテントン

 

「おわっ!!」

 

思わず声を上げてしまった。

スマホの着信音だ。

 

「オマエ、ビビリすぎ」

「…うるせえよ」

 

 

流し台の上でスマホが鳴っている。

 

「出なくていいの?」

 

灰谷が髪の毛をさらにツンツンしながら言う。

 

つうか、灰谷がどいてくんないと、出るに出られないんですけども。

どく気配はなし…ね。

 

「…いいよ。たぶん母親。明日から二学期だからもう寝なさいよ、とかなんとかだと…思う」

「ふうん」

 

灰谷がオレの顔を見つめている。

つうか、圧がすごい。なんなんだよもう。

こいつなんなの。

 

「あのさ…」

 

灰谷が口を開いた。


 

 

 

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