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アキノワルツ 第10話 マコ先輩

「服、大丈夫でしたか?灰谷先輩」

真島がいなくなると友樹が灰谷に話しかけた。

「ああ。大丈夫」

盛大にぶちまけたと思ったが被害は案外少なかったようだ。
服よりもベッドカバーの方が濡れている。
まあでもこれは自業自得だ。

濡れたところを避け、灰谷はまたベッドに寝転がった。

 


「灰谷先輩。マコ先輩ってカワイイですよね」

一人対戦モードでゲームをしながら友樹が言う。
革ジャンの画像を見つめていた灰谷は首をひねる。

……カワイイ?
『カワイイ』か?
『カワイイ』と『マコ』は真島の地雷なんだがな。


「見た目もですけど中身がっていうか。そう、なんかまっすぐでロマンチストなんですよね」

そんなかな、あいつ……。
ああ。まあでもまっすぐはまっすぐか。
ロマンチスト……ああ、まあそうなるのか?

でもカワイイかって言われると……。
う~ん。

カワイイ……。
カワイイの定義とは?


「灰谷先輩もそう思うでしょ?」

……。

オレのイメージする真島は……。

う~ん。
なんか近すぎて言葉にならねえな。


「彼女作らないのかなあ。好きな人できたら、すんげえ優しくしそうですよね~」

友樹はぽわんした声でつぶやいた。

「あ~ボクが女だったらどんな手を使ってでも落とすのになあ。残念だなあ」

まさしく真島の好きな相手がここにいるんだけどな。
友樹の問いかけともつぶやきとも取れる言葉に灰谷は黙ったままだった。

 

「灰谷先輩~、マコ先輩にはもちろん、言わないほうがいいですよね」
「?」
「マコ先輩がゲイだとか、それが原因で灰谷先輩は彼女と別れたとか、女の子妊娠させて捨てたとか、そんな噂が立ってたこと」

スマホの画面をスクロールしていた灰谷の指が止まった。

「夏休み、真島先輩がいなかった時にバイト先に常連の女子達来て、僕、そんなこと聞かれたじゃないですか」

画面から目を上げると友樹と目が合った。

こいつ……。
なんだ?何言ってんだ?


「やっとボクの方、見てくれましたね。そんな怖い顔しないでくださいよ」

友樹は表情をやわらげ、ふんわりと笑った。

「お二人、仲がいいから。さっきだってボクの存在忘れちゃってたでしょ。まるっきり二人の世界って感じで」


灰谷は友樹をあらためて見つめた。

真島に似せた明るい茶髪の髪型。
真島お気に入りのアディダスの青いジャージ、いやトラックジャケット。
この部屋に入って来た時、その後ろ姿を見て、一瞬自分でも見間違えてしまった。


「真島ブラザーズ、あ、真島ツインズか、なんて言われるボクとしてはちょっと嫉妬しちゃうんですよね。そういえばこの間お客様にも……」

ペラペラと自分は知らない真島とのエピソードを喋り続ける友樹の顔を灰谷はさらに見つめた。


まるで違う。全然違う。
体型は、髪型は、似ていても、似せていても……。
オレには双子には、見えねえな。
姿かたちとかじゃねえんだよな。

佐藤なら友樹を見て……『なんだあいつ、気にいらねえ。なんで寄せていってんだよ』って不機嫌になりそうだな。
中田は……チラリと見て関心ねえって顔をして、でも、とりあえずニヤリと笑って本人には「似合うじゃん」とか言いそうだな。

灰谷は想像してフッと頬をゆるませた。


「なんですか?何がおかしいんですか?」

いつもニコニコしている友樹の目尻がほんの少し上がり言葉に少しトゲが混じったように見えた。


その時、『灰谷~灰谷~ちょっと手伝ってくれよ灰谷~』階下から真島の呼ぶ声がした。


「友樹みたいに懐いてくれる後輩ができて、あいつ、喜んでると思うぜ」立ち上がって灰谷は言った。

『灰谷~』とまた階下から真島の声。
「おう~」と返して、灰谷は部屋を出ていった。


「……なんだそれ。オレなんか眼中にないってことですかね」

一人そう呟いた友樹の口元が小さくゆがんだ。

 

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