空々と漠々 くうくうとばくばく

BL小説ブログです。。。

城島と槙野4

 

大学を卒業、就職し、それから三年がすぎた頃、城島は結婚した。
その頃にはお互い忙しく、高校時代の友人を交えて年に数回会うか会わないかぐらいになっていた。
城島は槙野にも結婚式の招待状を送ってきた。
槙野は出席した。
 
「こいつ、高校からの親友で槙野。オマエの一個前の同棲相手」
 
槙野から見れば似合わないタキシードを着た城島は、笑顔でそう嫁になる女に紹介した。
 
あれは城島の中では既になかった事なのだ。
その日、二人暮らしたアパートの部屋で槙野は泣いた。
そして数日後、アパートを出た。
 
それからの槙野の日々は心に波風の立つことのない、ある意味平和な、そして単調な日々だった。
仕事をし、たまに適当な遊び相手を探し楽しむ。
そして思った。
 
なんだ。城島なんていなくても大丈夫だ。
なんてことはない。
 
 
三年がすぎた頃、城島から突然電話がかかってきた。
 
『城島』
『城島』
『城島』
 
画面に表示される『城島』の文字をしばらくぼうっと槙野は見つめた。
見つめているうちに目の奥であのガス切れライターをこすった時の小さな火花が散ったように思った。
長いこと呼び出し音を聞いてから槙野は通話ボタンを押した。
 
「もしもし。オレ。城島」
「ああ」
 
槙野の口からかすれた声が出た。
 
「久しぶり。元気にしてるか?」
「ああ」
「結婚式以来だな。オマエ誘っても来ないし。田口が付き合いが悪いってグチってたぞ」
「ああ」
「まあ、元気ならいいんだ」
「うん」
 
城島の声だった。
 
城島の声だ。
少し大きくて明るくて、耳に心地よくて温かい。
そう。まるでお日様みたいな温かい声だ。
 
「あのな、オレ、子供ができたんだ。いやまあ勿論オレの腹にできたんじゃなくて嫁の腹にだけど」
 
そう冗談めかして言う城島の声はテレくさそうだった。
 
「そうか」
「オレもお父さんだわ」
「うん」
「一応オマエには報告しておこうと思って」
「ああ」
 
城島に子供……。
 
城島は家族に恵まれていない。
きっとメチャクチャ可愛がるんだろうな。
そんな事を頭の端でふわりと思う。
 
「……」
「槙野、オマエさ」
「ん?」
「普通はおめでとうとか、言うんじゃないの?」
「ああ。おめでとう」
「クク。オウム返しって。フッ……オマエらしいな」
 
城島の微笑む顔が見えるようだった。
ああ、そうだ。
こんな風に城島は笑うんだった。
 
 
どうやって電話を切ったのかも覚えていない。
気がつけば槙野は、城島と二人暮らしていたアパートの前に立っていた。
六年ぶりに訪れたアパートには建て壊しの看板がかかっていた。
 
そうか。このアパートもこの夏が終われば無くなってしまうのか。
 
『オレもお父さんだわ』
『槙野』
『フッ…オマエらしいな』
 
三年ぶりの城島の声が頭の中で何度もリプレイされる。
 
引き戻される。
城島が結婚した三年前に。
城島と暮らしていた六年前に。
城島と出会った高校生のあの頃に。
 
ダメだ。早くここから立ち去らないと。
たまらなく酒が飲みたかった。
目についたコンビニに飛びこんだ。
 
 
そして、少年に出会った。
 
「オレ、未成年じゃないんですけど」
「じゃあ身分証をお願いできますか」
 
カゴいっぱいの酒を買おうとしてレジでモメていた。
今にも泣き出しそうな顔をしているなと思った。
放っておけなくて声をかけ、公園でいっしょに酒を飲んだ。
飲んでも飲んでも槙野は酔わなかった。
少年は不味そうな顔をしてビールを飲んでいた。
 
「まあ誰にだって泣きたい夜くらいあるよ」
 
少年にそう声をかけた。
 
まるで城島みたいだ。
城島ならきっと少年にこんな風に言うだろう。
未成年なのにタバコだって勧めるかもしれない。
 
そういうところが好きだった。
常識うんぬんではなく、人の気持に寄り添えるヤツだった。
 
 
少年とぽつりぽつりと話すうちに城島の事を話していた。
子供ができたと律儀にも電話してきた事を。
 
涙は出なかった。
城島が結婚した三年前に出し尽くしてしまったのだろう。
 
気がつけば少年が涙ぐんでいた。
「オレの未来だから」と言う。
 
少年も報われない恋をしているのだった。
まるで昔の自分を見るようだった。
 
 
ーー少年と寝るべきではなかったのだろう。
そのまま家に帰り、布団をかぶって眠り、いつもの朝を始めるべきだったのだ。
そうすれば戻れたはずだった。
六年間くり返した城島のいない日々に。
多分……きっと……。
 
 
少年は初め声を出さなかった。
必死に抑えようとしていた。
親友に抱いた気持ちを止められない。
一番身近にいる相手に好きだとも言えない。
それを恋という。
 
少年のガチガチの心とカラダをこのひと時、開放してやりたいと槙野は思った。
時間をかけ、カラダを開いた。
必死にあらがおうとしている少年を何度もイカせた。
本当は自分を罰し、汚したいのだろう。
だが耐えきれず声を上げ、快感に震える背中を後ろから突きながら愛おしく思った。
うなじに強く吸いつき、痕をつけた。
これを見れば彼の罪悪感が少しでも薄れるだろうか。
 
 
少年と別れ、槙野は暮らしている部屋に戻った。
城島と暮らした部屋を出てから三年間暮らした部屋。
 
朝起きて家を出て会社に行くまでは、城島から電話をもらうまでは、この部屋は居心地の良い自分の住処だったはずなのに。
今はそのどれもこれもが色を失い霞んで見えた。
 
そして、槙野は悟った。
 
ここに、オレの人生に、必要なものは何もない。
 
城島が忘れられない。
城島が好きだ。
城島が欲しい。
城島だけが欲しい。
 
暴力的なまでの想いがこみ上げた。
 
 
会社に電話をし、辞意を告げた。
荷物を処分し、アパートの契約を解消し、使っていた携帯電話を解約した。
親、兄弟、友達、誰とも連絡がつかなくなるがそれでも躊躇はなかった。
 
橋を焼いた。
 
何もかも捨てて、いやどうしても捨てられず引き出しの奥にそっとしまっておいた城島との写真一枚だけ持ち、城島と二人暮らした部屋に戻ってきた。
好きなだけ城島を想っていられるこの部屋へ。
 
数日後、さすがにこのまま一人でここにいたら狂ってしまうかもしれないと、仕事を探し働き始めた。
 
そして、ひそかに待った。
城島が探しに来てくれるのを。
来てくれた所でどうなるとも思えなかったが。
そこから始めたい、と槙野は思った。
 
再会した少年に自分の名は城島だとウソをつき、その名で呼ばせた。
そして城島と呼ばれるたびに、城島を想った。
 
 
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