城島と槙野2
「城島のやつ……ったく……。あの頃はガキだった。何が第三の目だ」
槙野は額を指でこすった。
そしてポケットからタバコを取り出し一本くわえるとライターをこすった。
ーー点かない。
親指にギュッと力を入れてこする。
小さな火花がチッチッと散った。
チッチッ。チッチッ。
点かない。
ライターを逆さにしてからまたこする。
点かない。
槙野はライターをこすり続けた。
ーーそうだな。
あの時の城島のライターが放つ小さな火花がオレの目の中で弾けて焼きついて、それでこんな風になってしまったんだ。
ただそれだけだ。
あいつがイタズラを仕掛けて、それであんな風にオレを見て笑ったから。だから。
叶わないから願い続けるんだ。
こんな想いはただの感傷だ。
やめにしよう。
もうやめにしよう。
オレはもう城島を忘れよ……。
その時だった。
ドーンと玄関のドアが乱暴に開く音がして、背中で声がした。
「オマエふざけんな。帰るぞ」
まさか……。
まさか……。
ウソだ……。
この声は……。
「おい、槙野」
槙野はゆっくりと振り返った。
城島だった。
あんなに待って夢にまで見た本物の城島がそこに立っている。
「城島」
三年ぶりに会う城島はくたびれたスーツ姿で不機嫌そうな顔をして槙野を見つめている。
来てくれた?
来てくれた!
城島がオレを探しに来てくれた。
「ったく、世話かけんな。外回りって言って抜けて来てるんだ。時間がねえんだから。荷物まとめろ。帰るぞ」
「え?」
「えじゃないよ。みんな心配してんだ。親にも音信不通ってどういうことだ。大きいもんいいから。って、ほとんどなんもねえじゃねえかこの部屋。とりあえず一旦オマエの実家帰るぞ」
歓喜から失望へ、槙野の気持ちは急降下した。
「……帰らない。オレは何もかも捨てた。戻る橋を焼いたんだ」
フウ~と城島はため息をついた。
「何カッコつけてんだよ。探したんだぞ」
槙野は城島からの視線を避けるように背を向けると手にしていたタバコをくわえライターをこすった。
チッチッ。
チッチッ。
ボウッ。
小さな火花が散ったかと思うと最後のガスを燃やそうとでもするようにボウっと小さな小さな火がついた。
だがそれはタバコに火を点ける間もなく、消えた。
ーー。
槙野は唇を噛みしめた。
「城島になんか出会わなければ良かった」
口からそんな言葉がこぼれ出てしまった。
「……そんな事言うなよ。こんなオレでも傷つくぜ」
「何が第三の目だ」
「何?ああ。あれか」
城島が微笑んだ気配を槙野は背中で感じた。
「オマエが理科室でグーグー寝てるからちょっとイタズラしただけだろ」
「マジックで額にでっかいリアルな目玉を描くとか。それも油性で」
「おもしろかったじゃねえか。『あ~槙野くん、手塚漫画に『三つ目がとおる』という作品があるのを知ってるかい。主人公はね、額に第三の目があるんだよ。うん。でもね、普段は大きなバンソウコウを貼っているんだ。君の場合はバンソウコウじゃあムリだろうがね。はい、では教科書115ページから』って数学の羽多野のあのスカし方良かったよな。クラス中きょとんとして、その後オマエの顔見てみんな爆笑してたもんな」
「モノマネ長いし似てないよ。よく羽多野のセリフまで覚えてるな。結局油性マジックじゃ落ちなくてタオル巻くしかなかったじゃないか」
「オマエ、一時期三つ目とか、とおるとか、ラーメン店主、ヘイ!大将とんこつ一丁とか呼ばれてたもんな。ククク」
城島の楽しそうな笑い声が響いた。
そう。あの頃いつも下らないイタズラを仕掛けてきて、こんな風にホントに楽しそうに笑うんだ。
「おもにオマエがつけたんだろヘンなあだ名」
「まあでも、三つ目事件でオマエの存在感がグッと増しただろ」
城島の言う通りだった。
城島がうまい事ツッコミを入れてあだ名にしてくれた。
あだ名ができると話かけられる事が多くなり、何かにつけ構ってくる城島につられて槙野自身も話すようになり、クラスにも馴染み、そして気がつけば城島とつるんで遊ぶようになった。
「全然楽しくない。オレの唯一の憩いの場所だった理科室も使わない時はカギかけられるようになっちゃったしな」
「ああ。あれ、結局オレたちがやったってバレなかったよな」
「オレたちじゃないよ城島。オマエだよ」
「まあまあ。そんな昔の事。許せよ三つ目くん」
城島は槙野の肩をポンポンと叩いた。
「さわんなよ」
「……それにしてもまさか、ここにいるとは思わなかった」
城島は懐かしそうな顔をして部屋の中を見渡した。
「今見るとせまいな。よくこんな所に二人で住んでたよな」
「大事な場所だ。城島、オマエにとっては思い出したくもない所でもな」
「オレにとっても思い出の場所だよ槙野。オマエと大学時代に暮らした部屋だ。暑いな」
城島はカーテンを開き窓を開けた。
締め切ってムッとしていた室内に風が吹きこんだ。
「だったら。オレがここにいる意味、わかるだろ。オマエも橋を焼く気がないなら帰ってくれ」
ハア~と城島はため息をついた。
「橋を焼くってなんだよ。オレには嫁と、来年の春に生まれる子どもがいる。それを捨てろとでも言うのか?」
「そうだよ」
「槙野」
「それができないなら帰ってくれ。オレのことは今この瞬間から忘れてくれ」
フウーと今度は城島は大きく息を吐いた。
「槙野、今までハッキリ言わなかったオレが悪かった。わかってくれると思ったんだ。オレは…」
「やめろ」
槙野が城島の言葉を遮った。
「言わなくていい。ただ、ここから去ってくれ」
「だからオレは…」
「やめろ」
聞きたくないとでいうように槙野は頭を横に振った。
「聞け槙野。オレは、オマエの想いには応えられない。オマエの望むような関係には、なれない」
噛んで含ませるように城島は言った。
「じゃあなんで…」
絞り出すような声で槙野は言った。
「なんであの時、オレを抱いたんだ」
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