空々と漠々 くうくうとばくばく

BL小説ブログです。。。

ナツノヒカリ 72

 

真島、今頃どこで何してるんだろう。
 
自宅のベランダで風呂上がりのペプシを飲みながら灰谷は思った。
 
旅……って。
 
未成年が一人でどっか泊まれんのか?
ホテル?
カラオケ?マン喫?
ダメだろ確か。
 
野宿……。
ムリだなアイツ。
本人否定するけど、ヘンなとこちょっとだけ潔癖入ってるし。
虫もダメだし。
つうか、枕変わると寝れねえじゃん。
修学旅行とかでも一人寝れなくていつもフラフラになってたし。
それに環境変わるとすぐ腹壊すし。
真島のことだから、どっか泊まるとこ、確保してるとは思うんだけど。
 
つうか……なんでオレに黙って行くわけ?
 
灰谷が一番引っかかっているのはそこだった。
 
いや、まあ、きっとオレの事があるんだとは思うんだけど。
それにしたって……。
 
真島の自分への気持ちを知ってから、まだ一日しか経っていなかった。
 
 
オレは……どうする?
真島に何をしてやれる?
 
 
時間が必要なのは自分もかもしれない……灰谷は思った。
 
 
とりあえず、できるのは課題……か。
バイトも夏休み中、あと三日残ってるし。
 
ムダだとは思ったが一応スマホを確認してみた。
案の定、真島からの着信はないし、LINEの既読もついてなかった。
 
真島……。
オマエ、一人でどこで何してる?
 
 
 
ピー。
 
ん?
部屋のロックが開く音がした。
 
母ちゃん?早いな。めずらしい。
 
「ただいま~健二~お寿司買って来た~」
 
数日ぶりに顔を見る母、久子だった。
めずらしくかなり酒を飲んでいるらしく、フラフラと足取りが怪しい。
 
「おかえり。何?危ないよ」
「ん~ケンちゃんただいま~」
 
抱きついてきて、胸にグリグリと顔を押しつけて来た。
 
「あ~酒くせえし、口紅付くだろ」
「何よ~。口紅ぐらい~。じゃあこうだ」
 
頬にブチューっとキスをする。
 
「やめろ。酔っぱらい」
「酔っぱらいで~す」
「つうかスーツ、シワになる」
「スーツが何よ~。ほら、お寿司。お寿司食べなさい」
「メシもう食ったよ」
「何よ~せっかく高いの買ってきたんだから、食べなさいよ~。若いんだからイケるでしょ~」
「あ~はいはい」
「その前に水。水頂戴」
 
冷蔵庫からペットボトルを出して渡すと久子はグビグビと美味しそうに飲んだ。
 
「お風呂入ってくる」
「酔っぱらって風呂危ないよ」
「じゃあ、シャワー」
 
服を脱ぎ捨てながら、久子はバスルームに向かった。
 
「たく……」
 
酔っぱらって、おまけにお土産に寿司か。
こりゃあ、すんげえいいことがあったか、何か話しにくいことがあるかどっちかだな。
 
床に落ちた服を拾い集めながら、灰谷はそう予想した。
 
 
「あ~ビール、ウマー」
 
ダルダルのパジャマにシャワー上がりのノーメイク、立膝で缶ビールを煽る久子は真島がよく言う天海祐希みたいなキリッとしたキャリアウーマン姿もどこへやらだった。
 
「お寿司どう?」
「美味いよ」
「こうやってちゃんと話すの久しぶりね、健二」
「だな」
「あんた、彼女できたでしょ」
 
久子は灰谷の目を覗きこんだ。
 
「……」
「紹介しなさいよ」
「時間ねえじゃん」
「それくらい作るわよ」
「……別れた」
「は?」
「だから別れた」
「チッ……これかだから男は……」
「なんでそうなるんだよ」
「どうせあんた、告白されて、断る理由もないからいいかなあ~ぐらいで付き合ったでしょ」
 
さすが母親……。
 
「ほら図星!」
「うるせえな」
「真島くんは?」
「は?」
「なんか言ってた?」
「真島が何?」
「ん~まあいいんだけど。ちょっと気になって」
 
久子はテーブルの縁をキレイに塗られた爪でカリカリと掻いた。
 
「なんかあった?」
「バレたか」
「バレるよ。何年母ちゃんの息子やってると思ってんだよ」
「うん。報告」
 
久子はビールの缶を机に置くと、姿勢を正した。
 
「あたし、会社辞めて独立する。それで新しく自分で会社立ち上げる」
「うん。わかった」
 
灰谷はあっさり言うと寿司を口に放りこんだ。
 
「それだけ?」
「何?頑張ってって言った方がいい?今でも十分頑張ってるのに?」
「健二……。ありがとう。それからね、もう一つ」
「うん」
「あたし、結婚する」
「え?」
 
結婚?灰谷は一瞬その言葉を理解できなかった。
 
「で、その相手なんだけど。峰岸って覚えてる?」
「峰岸?」
 
一度、酔っ払った母を送ってきた会社の部下の人が確か峰岸と名乗ったような……。
でも、その人……。
 
「そう。女なの」
 
灰谷は寿司をノドに詰まらせそうになった。
 
「まあすぐにじゃなくて、ゆくゆくは……みたいな事なんだけど。その位の気持ちって事。まずは峰岸と一緒に退職して新しい会社を始める」
 
お茶で寿司を流しこみながら灰谷は言った。
 
「……なんて言っていいかわかんないんだけど」
「だよね~」
 
灰谷の中で様々な思いが渦を巻いた。
 
退職、会社設立はまあいいとして、結婚、しかも会社の部下で同性と?
同性?
いつからそういう……いや、もしかして元から……え?じゃあオレの父親って……。
 
 
「いいよ。なんでも聞いて?」
 
灰谷は母の顔を改めて見つめた。
 
息子の目から見ても母親はいい女だった。
仕事を妥協なくバリバリこなして、時々酔っ払ってベタベタしてくるけれど、弱音は決して吐かない。
子供の頃は正直淋しかったし、もっと一緒にいて欲しいと思った事もあった。
良く言えば放任、でも、それも灰谷自身を信頼してくれているからなのだ、と折りに触れ感じてもいた。
そんな母に公私共にパートナーができる。
相手が同性だからといって、なんの問題もなかった。
 
「おめでとう」
「え?」
「おめでとう。良い人見つかって良かった」
「健二」
 
不安そうな顔が一転、久子の顔が輝いた。
 
「いや、老後世話しなくてもいいし。助かった」
「あんたね~」
「いや冗談だけど。ホントにおめでとう。オレ、来年高校卒業だし。大学は行きたいんだけど。そしたら自立するから。それまではよろしくお願いします」
「喜んで」
「居酒屋か!」
「はあ~」
 
久子は大きく息を吐いた。
 
「何?」
「いやだって。緊張するわよ。子供へのカミングアウトは」
 
久子はビールをグビグビと飲み干した。
 
「プハーッ。ウマイ。でね、真島くんちにも報告がてらご挨拶に行こうかなって思ってんの。節子さんと久しぶりにおしゃべりもしたいし」
「真島、今、家にいないよ」
「何、家族旅行?」
「いや、真島だけ。一人旅だってさ」
「あんたは誘われなかったんだ?」
「うん」
「そう。まあ、たまには離れてみるのもいいんじゃない」
 
以前、中田にも同じことを言われたことを灰谷は思い出した。
 
「オレたちって、そんなにベッタリかな」
「ん~?いいんじゃない。仲良きことは美しきかな。あたしが働いてばっかりで、あんた一人にしてたからね。真島くんと真島くんちには本当に感謝してるわ」
 
そうなんだよな。
ガキの頃から一緒で、親同士もよく知ってて。
親友……。
 
それがオレたちなんだよな。
 
そこに新しい関係が果たして生まれるのか。
 
オレはどうしたい?
真島とどうしたい?
今と何が変わって、何が変わらないんだ?
 
いや、つうかそもそも真島はオレとどうしたいと思ってるんだろう。
考えてみればオレが勝手に知っちゃっただけで告白されたわけでもねえしな……。
 
 
「ふう~」
「何よ~ため息なんて~」
「母ちゃん」
「ん?」
「その人の事、好き?」
「好きだよ」
 
なんの躊躇もなく久子は答えた。
そのレスポンスの速さに、答えの迷いのなさに灰谷は少しだけ感動した。
 
「同性でも?」
「同性でも。っていうかそこはあんまり関係ないけど」
「関係ないんだ」
「関係ない事もないか。女性として生きてきた彼女を好きになったんだから」
「そこは障害にはなんなかったの?」
「ん~」
 
久子は少し考えこんだ。
 
「……障害にはならなかったけど、多少物事を見にくくしてたかもね」
「?」
「お互いの考えてる事が手に取るようにわかって。あたしに足りないところを埋めてくれて。一緒にいると楽しくて好きで大好きでいつも一緒にいたい。でも、それは友情、親友とかでもいいんじゃないかって」
「うん」
「でもね、相手も自分の事を同じ様に感じてくれているって知った時にね、足りないって思ったの。もっともっとミネの事を知りたい。あたししか知らないミネが欲しい。全部が欲しいって思った。そしたら、もう同性だとかなんだとか全部ふっとんじゃって。ほら、母さん欲張りで自分の欲望に忠実だから。わかったら、後は速いよ。全力で奪いに行く。というか、行った」
 
母のキラキラ光る眼は本当に肉食獣のようだった。
 
「あら、息子にする話じゃないね、こういうの」
「我が母ながら、怖い。峰岸さんも驚いただろうな」
「驚いたって。でも、嬉しかったって」
ノロケか!」
「あんた、いくらダメでしょ。頂戴」
「うん」
 
久子はいくらの寿司をつまんで口に入れた。
 
「あんたのお父さんも、いくらがダメで、あたしがいつも食べてあげてた」
「ふうん」
 
母の口から父の話が出たのは久しぶりだった。
 
「健二、あんたのお父さんの事ね、母さん、すごく好きだった。結婚して、あんたが生まれて、でも、仕事も好きでやめられなかった。仕事も家庭も育児もって、でも実際問題それは無理だった」
「うん」
「あんたには淋しい思いさせたし、正直キツイ時もいっぱいあった。でも、その選択に後悔はしてないよ」
「うん」
「あんたも、全力で奪い取りたいものができるといいね」
「……それって奪わないとダメなの?」
「奪わなくてもいいけどさ。いや、心を奪い奪われ、人生は弱肉強食。欲望に忠実な者が……」
 
♪~。
 
久子のスマホが鳴った。
 
「あ、ミネだ。もしもし~……うん。今話した。……大丈夫。思ったよりも大人だったよ……」
 
恋人と電話で話す母は自分に見せる親の顔ではなく、一人の人を愛し、愛される、とても幸せそうな顔をしていた。
 
衝撃の母の告白……だったはずだけれど、なぜだか自然に受け入れている灰谷自身がいた。
 
 
 
 
 
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