空々と漠々 くうくうとばくばく

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〈はじめて〉の話。 18

 

今日は灰谷の告別式。
快晴。
担任に引率されクラス全員ゾロゾロと連なって会場に入る。
祭壇には花に囲まれた灰谷の写真。
その前に棺が静かに横たわっている。
 
あの中に灰谷が本当にいんのかな。
 
またゾロゾロと並んで一人づつ、お焼香する。
なかなか順番は回ってこない。
 
担任があいさつをしているのが、灰谷の両親と兄弟だろう。
灰谷の母親はぷっくり太っていてあったかそうに見えた。
でも、泣きはらした顔はグチャグチャで担任と話してはまた涙をこぼし、ハンカチで拭っていた。
 
そんな母親を支えるように立っているのが、たぶん父親と灰谷の兄弟。
みな灰谷にソックリだった。
男三人兄弟の真ん中だってこともはじめて知った。
まるで大人になった遠い未来の灰谷、大学生くらいになった灰谷、そしてオレの知らない中学生のころの灰谷みたいに見える。
 
あんな姿の灰谷をオレが見ることはもうないんだとぼんやり思う。
目に焼きつけておこう。
 
背の低いまだ幼さの残る学生服姿の灰谷。詰襟も似合うんだな。きっと高校に入ってぐんぐん背が伸びたんだろう。なんだかカワイイな。
 
で、高校卒業して、大学入って、黒いスーツを着た灰谷。
今よりちょっと大人びて見える。女にモテそう。遊んでそう。でも、カッコイイよ。
 
そして成人して、働いて結婚して子供ができて大きくなって一家の大黒柱になった灰谷。
どっしりと落ち着いて、たくましい。頼れるお父さんって感じだ。
 
灰谷の未来…。
 
『こんなことでもないと一生無理だったか』灰谷の言葉がよみがえってくる。
 
そうかもしれない。
そうだったかもしれない。
 
 
やっと焼香の順番が回ってきた。
灰谷の遺影をみつめる。
家族が選んだ灰谷の写真。
今より何年か前の中学生くらいだろう、まだ幼さの残る灰谷がはじけるように笑っている。
明るくさわやかだ。
 
オレの知っている灰谷はこんな風に笑わなかった。
テレを隠すようにスネたようなヒネたような鼻先で自分自身を笑うような顔で笑った。
その顔が好きだった。
 
トントン、後ろに並んでいた中田に肩を叩かれた。
長いこと見つめていたらしい。後ろがつかえている。
 
お焼香。
ええと一礼して手をあわせて合掌。んで、この砂みたいなのを三本指でつまんで、目の高さまで上げて、となりに移す。したら、もう一度合掌して一礼。できた。
来る前に学校でクラス全員、担任からお焼香の仕方を教わった。
お焼香なんてはじめてだった。
 
 
告別式が終わるまでクラス全員、外で待つ。
暑い。汗がダラダラ出る。
オレは空を見上げる。
いい天気だな。
灰谷、暑いよオマエ。
 
何年かしたらオレはこの時の空を思い出すのかな、と思う。
思ったより冷静だった。そんな自分が不思議でならない。
いや、きっと実感がわかないだけだ。
 
どよめきが起きた。
騒ぎの方を見れば革靴の底と白い足とスカートが見え、その周りを数人の女子が取り囲み、「七瀬!七瀬!」と口々に叫んでいた。
クラス委員の七瀬が倒れたらしい。
それを見て佐藤が言う。
 
「なんかさ、付き合ってたみたいよ灰谷と」
 
へえ~。
ああいうの趣味だったんだ灰谷。
色の白い、小さくて可愛くて、しっかりしてそうな。
で、隠れ巨乳とウワサの。
ハハハ。好きだな乳が。
ブレがないな。
知らなかったよ灰谷。
ひどいヤツだな。オレと二股じゃん。
 
七瀬は担任におぶわれて式場の中に消えていった。
 
くるりと辺りを見渡せば竹中がしゃがみこんで号泣し、斎藤がその背を叩いていた。
竹中と斎藤。いつも灰谷のそばにいるあいつらをうらやましいと思った時もあったっけ。
 
オレには泣くこともできないんだな。
いや、泣かないけど。
オレがここで泣いてたらおかしいだろう。
クラスメイトって言ってもそんなに仲が良かったわけでもないしさ。
ただのおセンチなヤツじゃん。
だろ?灰谷。
 
暑い。
灰谷の〈しるし〉を隠すように首に貼りつけた湿布が汗に濡れて気持ち悪い。
 
それにしても色がないな~。
喪服、制服…黒と白ばっか。
ぼうっとしてくる。
 
ん?見られている。
誰かがオレを見ている。
灰谷?
ちがう。すぐ近く。すぐ後ろから。
 
ふり向かなくてもわかる。中田だ。
中田がオレを見ている。気づかっている気配がする。
 
そういえば、いつもオレのこと見てたとかなんとか言ってたっけ。
もうずいぶん昔の話みたいな気がするけど、あれは何日前の事だろう。
 
そうか、はじめて気がついた。
オレが灰谷を見ていたように、中田もオレを見ていたんだろう。
こんな風にいつも。
灰谷もある日、今のオレのように感じたんだろう。
灰谷を見つめるオレの視線を。
 
どこにもたどり着かない想い…なはずだった。
それでもよかった。
それが…。
 
 
オレと灰谷のことは、誰も知らない。
オレと灰谷、二人だけのものだ。
 
 
いよいよ出棺ということになり、灰谷の親族とクラスの男子で灰谷のお棺を担ぎ、霊柩車にのせた。
 
灰谷、お棺は重かったよ。
オマエのオカンも重そうだよ。ハハハ。
おもしろくない?
だよね。
 
プップー。クラクションが鳴らされて灰谷と灰谷の家族をのせた霊柩車が式場を出て行く。
参列者がみな手を合わせる。
悲しみがあたりを覆う。
みな泣いていた。
灰谷、オマエ愛されてたんだなあ。
 
でもオレは、泣かなかったよ。
 
 
告別式が終わって、オレたちは学校に戻る。
 
教室に入るとオレは、またいつものように壁際の一番後ろ、灰谷の席を見る。
花を生けた花瓶がのっている。
いつ?誰が?朝はなかったのに。
まるで、死んじゃった人みたいだ。
ああ…そうか、死んだんだ。
お棺の重さがまだ手に残っている…。
でも…中にいるのを見たわけじゃないしね。
 
灰谷一人がいなくなっても、学校も世界も変わらない。
日常は、何事もなかったように続く。
 
灰谷が灰になる。煙になる。
実感がわかない。
だって今朝までいっしょだったし。
耳の中には声がハッキリと残ってる。
 
「真島…真島…真島」
 
低くかすれた灰谷の声が。
そしてオレを抱きしめた力強い感触が。
 
 
今日も灰谷はオレにちゃんと会いに来てくれるのかな。
 
 
 

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