空々と漠々 くうくうとばくばく

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ナツノヒカリ 57

 

病院に一晩泊まって、オレは退院した。
 
家に帰ってスマホを開けば、結衣ちゃんからは何件もの着信が入り、LINEには『真島くん大丈夫?』の文字が並んでいた。
 
公園で『おやすみ』と返してから、ずっと連絡がつかなかったんだからしょうがないか。
 
グループLINEを開けば、灰谷が母ちゃんからとメッセージを入れてくれていた。
 
遡って、ざっと読み飛ばす。
 
それにしても熱中症で入院なんて我ながらダサすぎる。
 
 
ん?海に続いて焼き肉の時のアルバムもできていた。
 
ファミレス。
スーパー。
焼き肉。
花火。
 
みんな次々と写真を追加していた。
 
写真に写っているオレはいつも結衣ちゃんとくっついていて、佐藤の言うところのラブラブで楽しそうなバカップルに見えた。
 
この時から、一日半ぐらいしか経っていないのに。
なんだかいろんな事があった気がする。
 
 
♪~
オレの既読に気がついたのだろう。
結衣ちゃんからすぐにLINEが入る。
 
『真島くん、退院したの?大丈夫?』
 
『うん』と返す。
 
♪~
『よかった。心配したんだよ』
 
『ごめん』と返す。
 
♪~
『会いたい』
 
会いたい。会いたいか。
 
 
オレは……誰に会いたい?
結衣ちゃんに会いたい?
 
正直になろう。
 
オレが会いたいのは……顔を見たいのは……声を聞きたいのは……いつだってそう、ただ一人だけだった。
 
 
結衣ちゃんに電話した。
 
『もしもし、真島くん?』
「結衣ちゃん、明日、いや、今から、会える?」
 
 
 
 
ファミレスで、オレは結衣ちゃんと向い合っていた。
 
「真島くん、カラダはもういいの」
「うん。結衣ちゃんにも心配かけちゃってごめん」
「ビックリした~全然連絡つかないし。明日美から灰谷くんに聞いてもらったら入院したっていうから」
「うん。ごめん」
 
結衣ちゃんはオレの手を握って言った。
 
「心配した」
 
本当に心配してくれた事が伝わってきた。
 
「ごめん」
「なんでそんなに謝るの」
「ん?ごめん」
「ほら、また。何にも悪い事してないのに」
 
結衣ちゃんが笑った。
 
 
それは……これからするから。
 
「じゃ、今日はあたしがごちそうするから。なんでも好きなもの頼んでね」
「いや……」
 
結衣ちゃんの手を離した。
 
「ん?」
「結衣ちゃん、オレ、結衣ちゃんに話がある」
「何?先に注文しちゃわない?何にしようかな~」
 
メニューを開く結衣ちゃん。
オレのことをまったく疑っていない結衣ちゃん。
 
その結衣ちゃんに、オレはこれからサイテー最悪なことをする。
 
 
「ごめん。オレと別れてほしい」
「え?」
 
結衣ちゃんがメニューから顔を上げた。
 
「本当にごめん。もう、付き合えない」
「…どういう事?冗談だよね」
「ごめん、付き合えない」
 
オレはもう一度言った。
結衣ちゃんはそのまま固まって、かなり長いことオレの顔を見つめた。
 
「え?え?どうして?なんかあった?」
「ごめん」
「ごめんじゃわからないよ。どうして」
「オレが悪いんだ。ごめん。別れてください」
 
オレは頭を下げた。

「なんかのイタズラ?佐藤くんたちどっかで動画撮ってるとか?」
「ちがう」
 
オレは顔を上げて結衣ちゃんの目を見た。
オレの本気が結衣ちゃんにもわかったみたいだった。
 
「……イヤ」
「ごめん」
「別れない」
「ごめん」
「どうして?あたし、なんかした?真島くんに嫌われるようなこと」
「いや。そんなこと何もしてない」
「じゃあどうして」
「……結衣ちゃんは何も悪くない。オレが悪いんだ」
「わからないよ」
「ごめん」
「わからないよ真島くん」
 
 
オレたちは黙りこんだ。
どのくらいそうしていたんだろう。
結衣ちゃんが小さな声で聞いた。
 
 
「もう……あたしに飽きちゃった?」
「違う」
「違わない」
「違うよ。そんなんじゃない」
「じゃあ何?なんで急にそんなこと言うの。あたし、好きだよ真島くんのこと」
「……ごめん」
「好きだって言ってくれないの?」
「……ごめん」
「あんなに言ってくれたのに」
「……ごめん。結衣ちゃんにはごめんしか言えない。本当にごめん。オレのことは忘れて欲しい」
「できないよ」
 
結衣ちゃんは今にも泣き出しそうだった。
でも、言わなきゃならない。
きちんと言わなきゃ。
 
「できなくてもして欲しい。オレのことなんか早く忘れて結衣ちゃんのこと本当に好きだって言ってくれる人と出会ってほしい」
「イヤ。やだよ。やだよ真島くん」
「ごめん。もう会わない」
 
長い長い沈黙が落ちた。
 
「……あたしストーカーになるかも。毎日電話して、家の前やバイト先のコンビニの前で待ってるかも」
「いいよ。気が済むならなんでもして。でも、オレはもう何もできないよ」
「……」
 
オレに言えることは、もう何もなかった。
伝票をつかんで立ち上がった。
 
「真島くん!」
 
立ち去ろうとしたオレの腕を結衣ちゃんがつかんだ。
 
「やだよ」
 
オレは結衣ちゃんの目を見て言った。
 
「本当に、ごめん」
 
そして結衣ちゃんの腕をつかんで離すと背を向けて出口に向かった。
 
 
 
 
『灰谷くん、真島くんから何か聞いてる?』
「……いや」
 
真島の代わりに入っていたバイトの休み時間に、明日美からの電話で灰谷は真島と結衣のことを知らされた。
 
『突然言われて原因がわからないって結衣が泣いてる』
 
 
真島が結衣ちゃんに別れを告げた……。
 
 
「……オレ、今日帰りに真島に会ってくるわ」
『じゃあ結衣のこと……』
「結衣ちゃんのことは、オレたちがどうこうできる問題じゃないと思うよ」
『そうだけど。でも、理由ぐらいは聞けるでしょ?』
「そういうのは……。あの二人の事はあの二人の事だ。でも、真島が決めて結衣ちゃんにきちんと話したんなら、理由はどうあれ、変わらないと思う」
『そんな、それじゃ結衣が可哀想すぎる』
「……可哀想でも、それが人の出会いと別れだと思う」
『……そんなの冷たいよ灰谷くん』
 
冷たい。そうかもしれない。
 
「ごめん。休み時間終わる。切るよ」
『灰谷くん、また夜に電話して』
「……ごめん。約束できない」
 
灰谷は電話を切った。
 
 
電話すると言えばよかった。
いや、言えればよかった。
でも……。
 
 
灰谷の頭にあるのは真島のことだけだった。
結衣ちゃんよりも明日美よりもまず今は真島のことを一番に考えたかった。

真島のそばにいてやりたい。
 
灰谷はそう思った。
 
 
 
 
 
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