〈はじめて〉の話。 15
「真島…オマエどうする?」
顔を上げればもう放課後でその日の授業は終わっていた。
人もまばらな教室。
オレ、今日一日学校で何してたんだっけ。
あ、でも口がニンニクくさい。
弁当食べたわ。佐藤んちの唐揚げ弁当。
佐藤と中田がオレの前に立ってる。
中田がなんか言ってる。
「何?」
中田が言いにくそうに話し出す。
「佐藤とオレ、告別式の前に灰谷のお通夜に行こうかって」
「やっぱちょっとお線香でもあげたほうがいいかなって。事故現場見ちゃってるしさ」
佐藤が言う。
「ああ」
お通夜?お通夜…。
中田が遠慮がちに聞く。
「オマエも行くか?」
灰谷のお通夜にオレが?なんで?
「オレ、いいや。帰るわ」
「じゃあ家まで送ってくよ」
中田が心配そうな顔をして言う。
「は?いいよ」
「いや、送ってくって」
「なんでだよいいって。遠回りになるだろ。佐藤、おばさんに弁当うまかったって言っといて」
「ああ。母ちゃん喜ぶよ。いつでもご飯食べにいらっしゃいってさ」
「ありがとう。んじゃな」
オレはカバンを持って立ち上がる。
背中に中田の視線をビシバシ感じる。
中田がオレに過保護すぎる気がする。
まあそれもオカン体質ゆえか…。
*
ガチャリ。
オレはアパートのドアを開ける。
「ただいま~」
いつもは言わないのに自然とそんな言葉が出てしまう。
一日締めきったままだった部屋は熱がこもって暑い。
エアコンを入れて、シャツの前ボタンをゆるめ、冷蔵庫を開ける。
ペプシ。
プシュッ。ゴクゴクゴク。半分くらい一気に飲んでしまう。
ぷは~。
一息ついて部屋の中を見渡せば、なんだかいつもよりもシンと静かにそっけなく感じられる。
テレビ台の前に並んだボトルキャップフィギア。
ミルハニのシークレットを手に取る。
スカートを下からのぞきこむ。
ホントだ。この角度、エロい。
戻して全体を眺める。
うん。キレイに並んでる。
ベッドに腰をおろす。
なんだこの心細さは。心もとなさは。
枕を抱える。
ふうっとため息をついてゴロンと転がった。
疲れた。疲れた。
首に貼った湿布をひっぺがし、ゴミ箱に放りこむ。
ちょっとだけベタベタする。
ベッドサイドの引き出しから鏡を出してのぞきこむ。
オレの不安げな顔が映る。
オレって今こんな顔してるんだ。
首についた〈しるし〉。
灰谷の指の痕を撫でる。
灰谷の指の痕を撫でる。
オレ、イヤじゃなかった。
あの時、息が苦しくなって、死ぬのかなって…でも、イヤじゃなかった。
いいやって。
このまま幸せなまま死んでもいい。
灰谷と一緒に行けるならいいって…思ったんだ。
着ていたシャツを脱ぎ捨て、鏡にカラダを映す。
腕の内側。胸。腹。
灰谷がつけた痕を指でたどる。
灰谷が触れたキスしたオレのカラダ。
カラダ中に灰谷が残した〈しるし〉をたどる。
灰谷。
灰谷。
灰谷。
カラダの中心が甘く重くなって行く。
灰谷。
灰谷。
灰谷。
灰谷の指の、くちびるの、感触を思い出す。
「はッ…はッ…はッ…んッ…んッ…」
オレは鏡を放り出し、自分の前を握る。
ここも灰谷が触ってくれた。
はじめはゆるりゆるりと焦らすように。
先を撫でて…。
「はッ……ハッ……ハッ…ああッ……」
ダメだ。おさまんない。
まるで覚えたてみたいに止まらない。
「灰谷…んッ…灰谷…んッ……」
オレはカラダ中に残る灰谷の痕跡を抱きしめた。